第八話 嫌がらせの相談(3)


「頼む。それで・・・。王都に、塩と砂糖と胡椒が盗まれてから、王都に運ぶ役目は俺がするしかないかな?」


 ヤスが周りをみながら宣言する。

 長距離の運転だけではなく、街から出て運転できるのは、カスパルとツバキとセバスだけなのだ。ヤスが運ぶのが現実的だろう。


「旦那様。僭越ながら、今回の運搬は、私が担当いたします」


「セバスが?」


「はい。いくつか理由がありますが、旦那様は神殿に残られまして、皆に指示を出していただきたい。もう一つは、なるべく旦那様が貴族や王家との付き合いをしないようにしたほうがよろしいかと思います」


 皆がセバスの意見を”是”とした。


 それぞれが微妙に違った考えに則っているが、ヤスが王侯貴族に合わないほうが良いと言う意見では一致している。


 セバスは、ヤスがお人好しだと感じている。百戦錬磨の王侯貴族との交渉をヤスが行うのに反対なのだ。セバスが行って言いくるめられてしまっても、自分を切り捨てれば本体神殿への影響を抑えられると考えた。

 サンドラは、もっと単純にヤスが王侯貴族との会話が難しいのではないかと思ったのだ。一つの言葉に複数の意味を持たせて、相手のミスリードを誘って、”言った””言わない”を言い出して難癖をつけだす輩が多いのだ。神殿の主ヤスを前面に押し出せば問題はなくなるとは思うが軋轢は少ないほうが良いだろうと考えた。

 ドーリスは、ヤスが王都で王侯貴族に会ってしまうと取り込まれる危険性を感じていた。”神殿の主”の肩書はヤスが思っている以上に大きな意味を持っているのだ。


 ディアスは、もっと現実的だ。ヤスが、王侯貴族に籠絡されてしまったら、帝国からの亡命者であり、死んだことにされている自分アラニスの存在は王国でも手に余る可能性が高い。自分のためにも、ヤスが健全であるのが望ましいのだ。できれば、神殿は王国から独立して欲しいとさえも思っている。


「わかった。王都への運搬は、セバスに任せる。サンドラにフォローを頼みたいが問題はないか?」


「ありがとうございます」「大丈夫です」


「デイトリッヒは、アーティファクトを動かせないから、何か方法を考えなければならないよな?」


「ヤスさん。奪わせるためなら、馬車で行く必要があります」


 少しだけ呆れながら、ドーリスが指摘する。


「あっそうだった。領都まで、カスパルが操作するアーティファクトで移動して、そこから馬車で移動すればいいな」


「ヤスさん。辺境伯に、デイトリッヒさんから書類の説明をしてもらっていいですか?」


 サンドラが辺境伯と呼んだのは個人的な感情よりも貴族としての辺境伯の力を宛てにしたいという思いなのだが、ヤスには何も伝わらなかった。


「デイトリッヒが大丈夫だと言えばいいと思うぞ?」


 ヤスは、サンドラが自分に許可を求めてきたのがわからなかった。ヤス以外は、サンドラが許可を求めたのは当然の行為だと思っている。


 サンドラは、ヤスが誤解している状況なのが解ったがあえて説明しなかった。

 ヤスが場の雰囲気が微妙な感じになっているのを感じて不思議そうな顔をしていたので、ヤスの気持ちを察したドーリスが説明を始めた。


「ヤスさんは、カイルとイチカや子供たちの保護を約束しました」


「そうだな。保護というか、目的地が同じだったからな」


「そうですね。でも、街に入れて住む場所を与えた」


「そうなるな。保護というのか?」


「はい。保護しました。子供たちもそれを受け入れて、ヤスさんに事情を説明して頼ることになりました」


「そうなのか?」


 ヤスが、カイルとイチカを見ると、うなずくので間違っていないのだろう。ヤスは、自分の考えが間違っているとは思っていないが、皆と感覚が違うのだろうと考えた。


「そうなのです。そして、カイルたちが持っていた情報をヤスさんが手に入れた」


「違うだろう?子供たちが持ってきた情報は、デイトリッヒに託された物だろう?」


「それが違います。ヤスさんは、子供たちを保護しました。子供たちはデイトリッヒさんを頼りました。でも、デイトリッヒさんは、子供たちを保護できません。そうなると、デイトリッヒさんは子供たちの代わりにヤスさんに子供たちの保護を頼むしか無いのです」


「まぁいい。続けてくれ」


 ヤスとして皆と自分との間で感覚に”ずれ”を認識はできていたが、説明が難しいと感じていた。

 周りを見ると自分だけがわからないようで子供たちもわかっているようなのだ。


「はい。それで子供たちが望んでいるのは、”衣食住”とできれば”親の仇を討ちたい”という気持ちです」


「そうだな」


「ヤスさんは、子供たちに衣食住を与えました。子供たちは、ヤスさんに出す対価が無いのです」


「え?」


「与えられた物が大きいので、子供たちはヤスさんにどうやって報いていいのか、対価を考えているのです。デイトリッヒを頼りにしてヤスさんと交渉するのがいいと判断したのです。そしてデイトリッヒの判断でヤスさんと交渉して情報を渡すことにしたのです」


「そうなのか?」


 皆がうなずく。皆が当たり前だと思っているので、ヤスは自分が間違っていると認識を改めるしか無いのだ。


「わかった。それで情報の取り扱いだが、サンドラとデイトリッヒに一任する。できれば、子供たちが何かを得られるようにして欲しい。できるか?」


「わかりました」「大丈夫です。辺境伯から、情報の対価を貰いましょう」


「そうだ。サンドラ。辺境伯から、リップル領の領都まで移動できる馬車の手配を頼んでくれ。塩と砂糖を100キロずつ。胡椒を30キロ程度運べる馬車がいいな。あとは、信用も信頼もない護衛を1-2名と腕も確かで信用できる護衛を4-5名ほど付けて欲しいと頼んでくれ」


「馬車はわかりました。護衛の理由を聞いてもいいですか?」


「途中で、デイトリッヒが手招きした者が馬車を襲って、荷物を強奪する。それをリップル家に売るのだから、切り捨ててもいい奴にやらせたほうが、辺境伯も廃棄物の処分ができるだろう?」


「・・・。わかりました。辺境伯と相談します」


 サンドラは、安いの案では廃棄物の処分にいくつもの意味をもたせたのがわかった。

 リップル子爵家に渡す情報を裏切る予定の護衛に持って行かせるつもりなのだとわかったのだ。


「デイトリッヒ!」


「解っています。スラム街の奴らを扇動して荷馬車を襲うのですね」


「頼めるか?」


「わかりました」


「これで、片方の準備は終わるな。セバス。マルスと相談して、塩と砂糖と胡椒を王都まで運んでくれ、サンドラ、ハインツを頼ってもいいか?」


「はい。大丈夫です。辺境伯に筋を通しておきます」


「頼む」


 話の終わりが見えてきて、カイルが我慢できなくなったようだ。


「ヤス兄ちゃん」


「カイルとイチカは、明日、やってほしい事を説明するな」


「え?あっ。うん」


 カイルの目線が、セバスが持ってきた飴玉に注がれている。


「カイル。あれは、イチカと子供たちの物で、お前はさっき砂糖を舐めただろう?」


「・・・。ヤス兄ちゃん・・・」


 情けない声を出すカイルだったが、飴玉はカイルに渡さないようにイチカに言っておく。

 部屋に帰ってから、イチカは自分の分で貰った飴玉の半分をカイルに渡すのだった。そうなるだろうと思っていたヤスは、イチカの分だけ、他の子供たちよりも少しだけ多く渡すようにセバスに伝えてあったのだ。イチカも、自分の分だけ飴玉が多いのに気がついて、ヤスの気持ちを察したのだ。


「カイル。お前は、みんなを守るのだろう?そのお前が自分の欲望を優先してどうする?」


「・・・。ごめん」


 ヤスは、カイルの頭を”わしゃわしゃ”としながら


「次からはもっと厳しいバツにするからな。お前がしっかりしないと、お前だけじゃなくて、イチカや弟や妹が馬鹿にされるぞ。それだけじゃなくて、お前の父親や母親まで馬鹿にされるかも知れないのだからな」


「あ・・・。わかった。ヤス兄ちゃん!俺!頑張る!」


「あぁそうだ。頑張れ!これからもっともっと難しい場面も出てくるからな。お前がみんなを守るのだからな!」


「うん!」


 場の雰囲気が変わった。

 ドーリスもサンドラもディアスもミーシャもデイトリッヒも感心していた。ヤスが、カイルをいじることでなんとなく嫌がらせがうまくいくように思えてしまったのだ。


 ミーシャもデイトリッヒは、神殿の主であるヤスを認める気持ちになっていた。

 そして、この場所を守るために自分たちができる内容を考え始めるのだった。

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