第七章 王都ヴァイゼ

第一話 出発・・・出来ない


 ヤスは出発を遅らせた。


 ユーラット-神殿の定期運行が開始されて、ユーラットから”朝の漁で捕れた魚”が届けられたのだ。同時に、何人かの商人がアフネスに連れられてやってきた。ヤスは、商人から挨拶を受けるという仕事をこなしたのだ。商人には、セバスを紹介して今後の窓口はセバスが担当すると説明した。


「旦那様。アフネス様が面会を求めております」


「アフネスが?」


 ヤスは、考えたが理由が見つからない。


「はい」


「わかった。ギルドの部屋って使える?」


「大丈夫だと思いますが、すでに運営を開始しております」


「そうだよな・・・。工房は”ダメ”だろうし、話し合いを・・・。そうだ、リーゼの家を借りよう」


 ヤスは名案とばかりにつぶやいたがもともとアフネスもそのつもりだったのだ。

 神殿の中に入って話が出来ないのならリーゼの家で話をする方が、間違いが少ないと考えていたのだ。


「かしこまりました」


 セバスが承諾して部屋から出ていく。

 ヤスは食事を済ませて、マルスに命令を出す。


「マルス!ディアスの用意を!セミトレラーでいい。コンテナを積み込んでくれ」


『了。工房に居る種族名ドワーフに手伝わせてよろしいですか?』


「ん?構わない。どうしてだ?」


『種族名ドワーフにコンテナやコンテナを固定する部品の作成を依頼する予定です』


「わかった。マルスが必要だと思ったのなら反対しない」


『情報も提示します』


「わかった。彼らが欲している情報も混ぜろよ」


『了』


 マルスに指示を出して運搬用のトラクターを用意させた。


「旦那様。アフネス様がリーゼ様の邸宅でお待ちです」


「わかった。セバスも付いてきてくれ」


「かしこまりました」


 ヤスは神殿を出てリーゼの家に向かった。

 当然リーゼが居るものと思っていたのだが、メイドが出てきてリーゼの不在を告げた。カート場に行っているらしい。ディアスとの決着をつけるために練習するのだと意気込んでいる。事情を説明されたヤスはなんとも言えない表情を浮かべながらリーゼの家に入った。


「ヤス。済まない」


「ん?あぁリーゼか?別にいいよ。アフネスが俺としたい話にリーゼが絡むのなら呼び戻せばいいだろう?」


「そうだな。リーゼは必要ない。ヤスに確認したいだけだ。それと、渡す物を持ってきた」


「渡す物?」


「これを渡しておく、ドーリスにはすでに渡した。ヤスには必要じゃない可能性が高いが予備を入れて4機持ってきた」


 アフネスが取り出したのは魔通信機だ。

 一つでいいと思っていたが4つあるのなら一つは分解しても良いかもしれないとヤスは不埒なことを考えていた。実際に、予備の一台はドワーフに渡されて分解されて解析されてしまう。分解された魔通信機は分解されたままマルスに統合されてしまう。


「お!これで、ユーラットと会話ができるのだな」


「問題ない。領都や王都も繋がるぞ?」


「そっちは興味がない。面倒事が舞い込んでくる未来しか見えない。そうだな・・・。門と停留所と執務室で使うことにする」


「わかった。魔通信機はヤスの使いやすいようにしてくれ」


「わかった。それで?本題は?」


 アフネスは黙ってヤスを見るだけだ。


「アフネス?」


「すまん。ヤス。一つだけ教えて欲しい」


「それが確認したいことなのか?」


「あぁそうだ」


「わかった。それで?」


「ヤス。”ニホン”という言葉を知っているか?」


「・・・」


「ヤス!」


「知っている」


「どういう意味なのだ?」


「俺は難しいことはわからない。ただ言えるのは”ニホン”は国の名前だ」


「そうか・・・。帰ることは出来ないのだな?」


「わからない。方法があるかもしれないが、俺は帰ることが出来ない」


「なぜだ?故郷なのだろう?あの人リーゼの父親もいずれは帰りたいと言っていたぞ!」


「アフネス。俺は、本当は40歳近い年齢だ」


「え?ヤス。エルフやピクシーの血でも入っているのか?」


「”ニホン”には、エルフもピクシーも居ない。魔物もない。魔法も存在しない」


「あの人の言っている通りだな。それでは?」


「俺が流れ着いた理由はわからない。若返った。だから戻っても俺の居場所はない。死んだことになっているだろう人間がいきなり若返って現れたら問題だろう?」


「そうなのか?」


「そうだ!”ニホン”には戸籍という制度が存在していて、生まれてから死ぬまで国に登録する決まりになっている」


「なんのために?」


「あぁ・・・なんだか・・・。忘れたけど、偉い奴らのためだろう」


「貴族か?」


「貴族はいない。アフネス。この話は難しいし意味があるとは思えない」


「そうだな。それでは、ヤスは戻らないのだな?」


「戻らない。それに戻るよりもここ神殿に居る方が面白い。仲間友達は気になるが・・・」


「そうか・・・」


「アフネスが確認したかった質問の答えになっているのか?」


「十分だ。予想以上に”よい”答えをもらえた。そうだ!」


「ん?」


「もう少ししたら、ダーホスが書類を持ってくると言っていた」


「それは助かる。ユーラットに寄る必要があるのかと思っていた」


 ヤスが先に家を出た。アフネスはリーゼが戻ってくるまでは待っているらしい。


 ヤスは、神殿に戻って工房に向かった。

 工房では、ドワーフたちがタブレットをみながら魔道具を作成していた。


 今は武器や防具になる魔道具を中心に作っている。


「お!ヤス様。今日はなにか?」


 ドワーフの代表がヤスを見つけて話しかける。


「魔通信機を持ってきたから、前々から調べたいと言っていたからね」


「いいのですか?」


「渡した物は分解していい。解析出来たらラッキーだし、壊れてしまっても構わないよ」


「わかりました!おい!」


 ドワーフの代表がヤスから一台の魔通信機を受け取って部下にわたす。

 解析を行うのもマルスが与えた知識が役立つのは間違いない。


 炉の数も増えた。地下での作業だから酸欠が気になったのだが、空調をうまく使っているようだ。神殿の能力でもあるが風を発生させて空気の流れを操作できるようだ。炉も今まで使っていたような炉からマルスから提供された知識を使った炉まで試行錯誤を繰り返して作っている。

 ドワーフとしては、騒音や炉から出る煙や熱を考えなくて良くなっただけでも大きなメリットになっている。


 そして、なによりもドワーフたちを喜ばせたのは、酒の作り方がタブレットに入っていたことだ。

 エールや蜂蜜酒ミードだけだったのが、”蒸留酒”という今までにない酒の作り方を知ることが出来た。それだけではなく、醗酵を知ることが出来たのだ。酒や食べ物を熟成させることを覚えたのだ。

 ドワーフたちの半分は武器や防具を作っている。残りの半分は民生品を作るという名目で酒造りを始めている。農地がまだ足りない状況なので、すぐには取りかかれないのだが酒造りに必要な道具や魔道具の作成を行っているのだ。もちろん、移住者が必要とする道具を作っているので、誰からも文句は出ていない。


 まだ数日だけだが、移住者たちは自分の足で歩き始めている。


 ヤスは、工房から出てリビングに向かう。


 地上に出たときに、マルスからダーホスが神殿の守りテンプルフートに到着したと連絡が入った。


「マルス。ギルドでいいよな?」


『はい』


「ダーホスにはギルドに来るように言ってくれ、ドーリスを迎えにやろう」


『了』


 ヤスがギルドに到着する頃に、自転車に乗ったドーリスがダーホスを迎えに行くところだった。


「ヤス様」


「ドーリス。頼むな」


「はい!中に、サンドラが居ます。今回の依頼に関しての最終調整をお願いします」


「わかった」


 30分ほど用意された会議室で待っていると、ドーリスがダーホスを連れて戻ってきた。

 ヤスの前に座って相手をしていたサンドラが立ち上がってダーホスに席を譲る。


 ギルドの立ち上げから手伝いをしているメイドが、部屋に入ってきて皆の前に飲み物を置いていった。


「ヤス殿。いきなりで申し訳ないが、各ギルドに持っていってもらう書状です」


「わかった。預かる・・・が、道はドーリスが知っているのだよな?」


「はい。問題はありません。街のギルドには、ドーリスを使いに出してください。ヤス殿が行くよりも話が早いと思います」


「わかった。ドーリス。頼むな」


「はい!」


「それで、ヤス様。いつご出発されるのですか?王都のお兄様から問い合わせが来ております」


「そうだな。今日にでも出ようかと思ったけど、明日の朝に出発する」


「わかりました。お兄様にはヤス様が出発されたらご連絡いたします」


「うん。頼むな」


「ドーリス。それじゃ明日の朝に神殿の前で待ち合わせな」


「かしこまりました」

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