第五話 マルスからの呼び出し


 ギルドの外に出たヤスは海の方向に行ってみる事にしたようだ。


 しかし、考えている事は違っていた。

 ”折りたたみ自転車を荷台に積んでおけばよかった”だった。ちなみに、マルスからの報告で、自転車やキックスケーターの様に人力で動く物に関しては、ヤス以外でも運転する事ができるようだ。実際に購入して説明してから出ないと、判断はできないという注釈が付いているのだが、リーゼになら与えてもいいかなと考えている。自転車がオーバーテクノロジーでありアーティファクトだという事を完全に忘れている。

 ヤスは簡単に、自転車位ならいいだろうと安易に考えていた。


 他にも、リヤカーや人力車なども討伐ポイントで購入できる事は確認できている。

 家電に関しては、流石にまずいだろう事は認識していたのだが、”人力”で動かす事ができる物に関しては、多少のオーバーテクノロジーでも”アーティファクト魔法のコトバ”でなんとかなると思っていた。


(潮風は一緒だな。あの町と同じ匂いがする)


 ヤスは、遠くに見える水平線を見て、田舎を思い浮かべる。

 田舎と言っても、ユーラットと違って発展しているとは思うのだが、町に住んでいる人の気性は似たようなものだろうと考えているのだ。


 実際、船乗りと思われる男性が朝から酒を飲んでいたのだろう道端で寝ている。それを、奥さんと思われる女性が叩き起こしている。世界が変わっても人の営みに大きな違いは無いのだと安心している。変わらないものが大事なことだと思っている。ヤスは自分が変わらないでいられる自信はないが、変わらないようにしていこうと思い始めている。


 ヤスは町の人たちの営みを観察するようにゆっくりとした歩調で進んでいる。


 老婆と思われる人物が魚を開いて干したりしている。一夜干し?にでもするつもりなのだろう。


「すみません」


「なんでしょう?あっえっあぁぁぁリーゼ様のいい人じゃないか!?」


「え?リーゼ?確かに助けましたけど・・・」


「聞いたわよ。リーゼ様をゴブリンの大群から守っただけじゃなくて、神殿に連れて行って、リーゼ様に特権を与えたのだろう?それとも、リーゼ様じゃ不満なのかい?」


「なんか、誇張されていますが・・・。リーゼはまだ子供じゃないですか?俺は、大人の女性が好きなのです」


「そうかい。そうかい。それじゃリーゼ様が大人になるまで守ってくれるのかい」


「うーん。何か誤解があるようですが・・・。そうだ!リーゼの事は置いておくとして、その干している魚は何でしょうか?」


「なんだ。おまえさん。アジを知らないのか?」


「やっぱりアジなのですね。その干したアジを買いたいのですが?売ってもらえませんか?」


「うーん。リーゼ様のいい人だから売ってやりたいのだけど、元締めを通さないと駄目な決まりになっているからな」


「わかりました。元締めは?もしかして・・・。アフネスですか?」


「そうじゃよ」


「わかりました。アフネスと交渉します」


「あぁそうじゃな。リーゼ様のことをよろしく頼むな」


「はい。はい」


 ヤスは、田舎育ちだ。

 この手の話は中学や高校の時によく聞かされている。それと同じ類の物だと思って、聞き流す事にしたのだ。聞き流さずに、もっとアフネスやリーゼやロブアンのことを聞いておけば、今後の関わり方を考える材料にはなったのだろうが、ヤスはそこまで深く考える必要はないと思ってしまったのだ。


 老婆との話を終えて、ヤスはアフネスの所に戻って交渉を始めようかとも思ったのだが、好奇心に負けて港まで行ってみる事にした。


 港までは、5分ほど歩けば着いてしまうくらいの距離だ。

 周りの建物をみるにしても、代わり映えしない。網を使った漁をしていることが解る。網の修繕をしている。ヤスも、両親は違ったが、祖父が漁師だった。子供の頃に死んでしまったのだが、死ぬ寸前まで船に乗っていた。ヤスも祖父の横で網の修繕を見ているのが好きだった。いつか自分も漁師になると思っていた事もあった。

 網を見ると、地引網のようだ。網の周りに重りが付いている物もあるから、投網もやっているのだろう。


 ヤスは修繕している網をみながらそんなことを考えていた。


 港に付いたが、桟橋があるだけのようだ。

 船は、浜にあげて管理しているようだ。


 地引網を沖に持っていくための船や投網の為の船だけしか必要ない状況なのだと納得している。


(釣りはしないのか?)


 そんな事はない。確かに、ここは砂浜で遠浅の状況だが、少し場所を変えれば断崖があり船での漁は不適格な場所も多い。そんな場所では、竿を使った釣りがメインになっている。また、別の場所は素潜りも行われている。浜では、貝類の生息も確認されているので、日本でいう所の潮干狩りができる状況なのだ。


 ヤスは港と言われている桟橋の方向に進んだ。

 桟橋も砂浜から伸びるようになっていて、海が荒れた時には引き上げられるようになっている。桟橋というよりも構造的には浮き橋になるのだろうが、ヤスには違いがよくわからないので、桟橋と認識していた。沖に杭が打たれていて、そこまで橋が続いている状況になっている。途中に何本か同じ様に杭が打たれていることから、浮き橋を安定させるための工夫なのだろう。


 漁も見てみたかったが、地引網なら朝方か夕方になるだろう。

 それに、浜を見ても網を仕掛けている様子がない事から、今日の漁は終わったのかもしれないとヤスは判断した。


 沖を見ても、出ている船はない。

 ただ、沖から吹く風がヤスに潮の匂いを運んできているだけだ。


 ヤスは、浜に座って押し寄せては返す波を見ていた。


(異世界に来ても、波は波だな。風が吹いて、波ができる。浜の様子から、満ち引きがあるだろう。そうなると、月の引力が関係しているのだろう。物理法則は同じなのだろう。魚を干す行為も、アミノ酸?が増えるのだったよな。魚醤もあった、納豆もあった。何も変わらない)


”マスター”


 ヤスはポケットからエミリアを取り出す。


「どうした?」


”マルスから連絡があります”


「このまま聞けるのか?それとも、神殿に戻ったほうがいいか?」


”神殿にお戻りください。緊急案件ではありませんので、マスターの用事を優先してください”


「わかった!」


 ヤスは、立ち上がってお尻や足に着いた砂を払い落とした。

 そのまま来た道をゆっくりとした歩調で進んだ。砂浜が終わり固められた土の道に変わる。網の修理をしていた人たちも終わったのだろう、家の中に戻ってしまっている。アジを干していた老婆も作業が終わったのだろう。もう居なかった。


 ユーラットの目抜き通り?に戻ってきたヤスはそのまま裏門に向かおうかと思ったが、宿屋に顔を出さないとリーゼが煩そうだと思った。


「ヤス!」


「リーゼ。そろそろ帰るな。アフネスは居るか?」


「うん。ちょっとまってね!おばさん!ヤスが帰るって!」


 奥からアフネスが出てくる。ロブアンは仕入れで出ていて居ないようだ。


「ヤス。泊まっていけばいいのに?」


 アフネスからありがたい言葉だが、ヤスはマルスから呼び出されているので戻るという選択をしている。


「すまない。神殿で少しやる事ができた。明日の朝、リーゼを迎えに来る」


「わかった。リーゼを綺麗にして待っているよ」


「アフネス!わかっていっているだろう。リーゼには、領都までの案内を頼みたいだけだぞ!」


「わかっている。ヤスこそなにか勘違いをしていないか?私は、リーゼが領都のギルドへの手紙を届ける時に失礼が有ってはダメだから綺麗にすると言っている」


 ふぅ・・・。とヤスは息を吐き出した。

 アフネスには何を言ってもダメな事はわかっているし、勝てる気がしない。


「わかった。わかった。あっそうだ。アフネス。明日・・・じゃ無理だな。今度来るときだから、3日後・・・。いや領都での用事を考えると、4日後かな。戻ってきた時に、魚醤や干したアジや貝類、調味料が欲しい。後、昆布や海苔はあるか?」


「魚醤や調味料はわかった。魚や貝もいいものがあったら取っておいてやる。”コンブ”や”ノリ”はどういった物だ?」


「あぁ・・・そうか、昆布や海苔はないのか・・・。わかった。今度説明する。まずは、調味料と魚を頼む。あと、干し肉とかがあれば嬉しい。これで買えるだけ頼む」


 ヤスは、金片を換金した時に得た金貨の半分の3枚を渡した。金片29枚は、金貨と等価交換され、重量が金貨6枚分と査定されていた。


「ヤス。金貨なんかで買われると、町中の調味料をかき集めても足りないわよ」


「そうなのか・・・。うーん。それなら、適当に余剰分の調味料と食料を頼む。特に、干した魚を中心にしてくれ、あとは、糸引き豆も頼む」


「承りました」


「ねぇねぇヤス。今から神殿に行くの?」


「あぁ」


「それなら・・・」「ダメだ!」「まだ何も言ってないよ!?」


「着いてくるつもりなのだろう?ダメだ。明日迎えに来てやるから、今日はおとなしくしていろよ」


「うぅぅぅ・・・。わかった。明日は早く迎えに来てね」


「わかった。わかった」


 ヤスは、拗ねるリーゼの頭を軽く叩いてから、宿屋を出た。

 すれ違いでロブアンが帰ってきたのだが、今日は帰ると伝えたらすごくいい笑顔で見送りされていた。

 少し宿屋から離れた所で、アフネスが”裏門の鍵はヤスが持っていって”とだけ告げられた。手を上げて答えると、イザークにはアフネスが伝えておいてくれるようだ。


 裏門の近くに停めていたFITに乗り込んで、スマートグラスをかけて、エンジンをスタートさせる。


「エミリア。スマートグラスでストップウォッチ機能は付けられるか?」


”可能です”


「ストップウォッチを表示しろ。5秒前からカウントダウンもできるだろう?レースのスタートの様に赤いシグナルを表示してグリーンを点灯させるようにしろ」


”了”


「スタート10秒前。5秒前からカウントダウン」


”了”

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