第三話 査定金額


 ヤスは、ギルドを一旦出てイザークが居ると教えられた門に向かった。


(初めてゆっくり歩くけど、いい町だな。店もあるし、海が近いからなのか潮の香りがする)


 その頃イザークは門で暇を持て余していた。

 それには理由がある。


 ユーラットは、辺境の辺境なのだ。もう少し正確に言えば、バッケスホーフ王国の中にあっても辺境伯の領地から更に辺境に移動した場所にある。神殿を隠す為に作られた町なのだ。冒険者の数も多くないし、月に一度程度の割合で商隊が来るだけで、門番の仕事は忙しくない。

 それでも辺境のために魔物が出る。商隊よりも、魔物の襲来の方が多いくらいだ。しかし、それは裏門と港方面に限られている。町は、T字になっている。表門と裏門があり、海の方面に伸びる形になっている。海方面からも、フェレンに入る事ができる為に、冒険者は海方面から向かう事が多くなる。

 しかし、今ユーラットに滞在している冒険者は、ヤスを除けばユーラット生まれの3人だけだ。先日、リーゼに着いていった護衛は王都から小遣い稼ぎにやってきたパーティーですでに旅立ってしまっている。


 簡単に言ってしまえば、イザークは暇なのだ。

 若い頃は、この暇な任務がいやで王都に帰る事も考えたのだが、なんだかんだ過ごして気に入ってしまって、永住する事にしたのだ。嫁も町で見つけた漁師の娘だ。子供はまだだが夫婦仲は悪くない。


 そんなイザークなのだが、リーゼを助けたと言って町に来た”ヤス”が気になっている。

 神殿を攻略して、アーティファクトを得ただけではなく、そのアーティファクトをしっかりと使いこなしているように見える。停滞してしまっている、辺境の小さな町に変革をもたらしてくれる可能性がある人物として注目しているのだ。


「イザーク!」


 ヤスは、イザークを見つけて声をかけた。


「どうした?」


「今、ギルドで買い取りの査定を頼んでいるけど、時間がかかるみたいだから、イザークと話をしたいと思ったのだけど、時間あるか?」


「いいぞ?なんだ?質問か?」


「質問と言えば質問だな。俺のエミリア・・・。あぁアーティファクトの1つだけど、見て欲しい」


「ん?」


 ヤスは、エミリアを取り出して、マルスアプリを起動した。

 魔物図鑑となっている項目を起動した。スライドショーの様に見る事ができるので、一枚一枚イザークに見せて名前を教えてもらおうと考えたのだ。


「ほぉ・・・。これは、コボルトだな。ほぉ・・・。ゴブリンとオーク・・・。こりゃオーガじゃないか!ヤス。これは?」


「あぁアーティファクトだけどな。神殿に居た魔物たちが表示されているらしいけど、魔物の名前がわからなくてリーゼやアフネスに説明できなくて困っている」


「へぇ・・・。まぁいいけど、それで、ヤス。どうしたらいい?」


「そうだな。わかる魔物だけでいいから、弱点や素材について教えて欲しいけどダメか?」


「問題ないぞ。そうだ、ヤス。神殿は、攻略すると魔物が出現しなくなると聞いたけど、本当なのか?」


「あっそう言われているらしいな。よくわからない。俺もまだ勉強中だ」


「なんだ・・・。そうなのか?山を超えた先にあるフォラント共和国には、攻略しても魔物が出る神殿があるらしくて、ヤスの神殿にも魔物が出るようなら、冒険者を呼び込めて、ユーラットの町も潤うと思っただけだ。解ったら教えてくれ」


「そうだな。もし、魔物が出るようなら、そのときにはイザークに相談するから話を聞いてくれよ」


「もちろんだよ。おっそうだ。そのためにも、ヤスには魔物に詳しくなってもらわないとならないな。聞いた話だと、フェレンの森も神殿の支配領域なのだろう?」


「そうなのか?よくわからない。俺は、神殿とアーティファクトだけあれば困らないからあまり領域とか聞いていない」


「そりゃぁそうだ。あのアーティファクトは凄まじく早いようだからな」


 それから、ドーリスが呼びに来るまで、ヤスは門番をしているイザークが居る屯所でエミリアを見せながら魔物の話を聞いた。

 実は弱点や素材は、エミリアにすでに入っている。食用に適しているかなどの情報も入っていたのだが、ヤスは生きた情報として魔物の詳細情報は開かないで、イザークの魔物講義をしっかりと聞いていた。

 雑談を交えながらだったので、魔物全部の名前を把握できたわけではなかったが、(仮称)にさえなっていなかった魔物は全部網羅する事ができた。

 エミリアの情報には入っていなかった、”テイム”可能な魔物なのかも教えてもらえた。実際にテイムできるのかは、テイマーの力量に依存するのだが、不可能とされている魔物がわかっただけでもかなりの収穫に思えた。


「ヤスさん!」


「ドーリスさん。査定が終わったのですか?」


「はい。終わったのですが、少しご相談があると、ダーホスが言っています」


「わかりました。伺います。それじゃイザーク。またな!」


「おぉ!またな!」


 ドーリスに連れられてギルドに向かっている最中に、ヤスは気になったことを聞いた。


「なぁドーリスさん。ダーホスって結婚しているのか?」


「え?あぁぁぁそう思いますよね!!」


 ドーリスには、ヤスの疑問もわかる。

 ダーホスは、人族なのに見た目では年齢を予測する事ができない。苦労性なのか、白髪を短く切りそろえているが、目の下には熊を何匹か飼っているようになっているし、ギルドにいつもいる印象がある。小太りだがバランスが取れている容姿なのだ。結婚していても、不思議ではないが、結婚していないと言われても納得してしまう。


 しかし、ヤスが本当に聞きたかったのは別の事なのだ。


「ダーホスの見た目から年齢がよくわからないし、本人に聞いていいのかわからない」


「ダーホスは、結婚していますよ。10歳になる娘さんと、6歳になる息子さんがいらっしゃいます」


「へぇ奥さんはどんな人?」


「確か、漁師の元締めをしている人の娘さんだと思いましたよ」


「そうなの?やっぱり、この町は、町の中での結婚が多いの?」


「どうでしょう?イザークさんの奥さんも漁師の娘さんだと思いましたよ」


「へぇ・・・そうなの?」


「はい」


「へぇ・・・。それで、ドーリスさんの旦那さんも、この町の人?」


「え?私?えぇぇぇ私、結婚していませんよ。結婚どころか、彼氏もいませんよ!」


「嘘だぁ!?こんなにかわいいのに?!彼氏候補が多すぎて困っているだけじゃないのですか?」


「違いますよ!モテナイですよ!自分で言っていて悲しくなってしまいます」


 ヤスは小さくガッツポーズをした。

 リーゼは年齢的に守備範囲外だが、ドーリスは”多分”年齢的にはセーフで守備範囲内だと思っていた。

 それに、大きいよりも小さい方が好きなヤスから見ると理想的な女性なのだ。


「それじゃ俺が立候補しようかな」


「本当ですか?でも、ヤスさんにはリーゼが居ますよね?」


「リーゼ?違う違う。リーゼとは何も無いですよ?」


「ハハハ。そういう事にしておきますよ。あっギルドに着きますよ。ダーホスが部屋で待っています」


 ヤスはなんとも言えない気持ちのまま、ドーリスに案内されて、ダーホスが居る部屋に向かった。


「ヤスさんを連れてきました」


「入ってもらってくれ」


「はい。ヤスさん。どうぞ」


 ドーリスはドアを開けて、ヤスをダーホスの部屋に通す。

 部屋は、ヤスの感覚では、中小企業の社長が使う部屋の様に思えた。広くもないが狭いわけではない。ダーホスが書類と格闘する為の机と、客に対応するためだろう、ローテブルを挟んでソファーシートが置かれている。


 ヤスは勧められて、3人がけのソファーの中央に座る。ヤスの正面には一人がけの椅子が二脚置かれている。片方にダーホスが座って、もう一つにはお茶を持ってきた、ドーリスが座った。


「ヤス。まずは、査定なのだが、金片は純度が高いので、等価でどうだ?」


「問題ないですよ」


「それでな・・・ヤス。申し訳ないのだが、他の物は買い取る事ができない」


「え?なぜですか?」


「なぜ?ヤス。お前が持って来た物・・・。そう、リーゼに渡した物を含めてだけどな。全部魔道具だ」


「魔道具?」


「魔道具も忘れてしまったのか?」


「えぇ・・・。まぁ・・・。なんとなく覚えているのですけどね」


「まぁいい。魔道具の説明は置いておくとして、剣に至っては、魔剣だぞ?慌ててリーゼが持っていった短剣を鑑定したら、あれ・・・。物理強化と魔法吸収と雷属性が着いていたぞ?いいのか?」


「うーん。俺には使えないですからね」


「・・・。はぁ・・・。ヤス。こんなことをいいたくないけどな、リーゼが持っていった剣だけでも、オークションに出せば金貨30枚とかの値段が付くぞ?」


「へぇ・・・。そうなのか?」


「”へぇ・・”って、お前、金貨30枚だぞ?この町なら、5年は楽に暮らせるぞ?」


「いいですよ。どうせ、宝箱から出た物ですからね。あ!それで、ここじゃ換金する事ができないのですね」


 ヤスは、出された飲み物を一口飲み込んでから、ダーホスとドーリスを交互に見た。


「それで、ダーホス。どうしたらいい?」

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