第21話 触ってもいいよと虫の正体と

「もう帰っていいよ。全部話したから。こんなわたし嫌われて当たり前だから」

 私は立ち上がって頭を下げたままの毬乃の頭をお母さんの真似をしてこつんと叩く。

「ばか毬乃。一人で勝手に決めないで」

「…だって……」

 顔を上げた毬乃を力いっぱい抱きしめる。ぼよんぼよん身体が弾むのがおかしくて、つい吹き出してしまう。

「ちえ?」

「ごめん。弾んだのがおかしくて」

 両腕を抱えるようにして抱きしめているから毬乃は動けなくてじっとしている。

「それでも私は毬乃といたいって言うのはだめ? 毬乃を大好きって気持ちはお母さんやお父さんを好きな気持ちと違うのは分かるけど、恋ってまだよくわからなくて」

「でも、でも、一緒にいたらわたしちえに触っちゃうかもしれない…もう自信ない……」

 また毬乃は泣き出した。


「…触ってもいいよ……」

 小さい声でも聞こえるように耳元に話しかける。

「…触って…いいの…?」

「いいよ…あっ、でもちょっとずつだからね。痛いのだっていや」

 身体を離して毬乃を見ると涙目のまま私の返事に驚いて目を見開いている。

「あと触るのは服の上からね。それと学校では絶対だめだから」

「注文多いー」

 涙をぬぐいながら毬乃が笑う。

「あと毬乃が触るなら私も触りたい」

「ちえがわたしに? 触るの?」

 意外だったのか毬乃が聞き返してきた。

「そうだよ。私、毬乃のお尻って小さくて可愛いなって思ってたんだ」

「…変態だ」

「へっ変態って。自分が私に触りたいって言ったのに。なんで私が触りたいって言ったら変態なのよ!!」

 むっとした私は毬乃のお尻をスカートごと両手でぎゅっとつかむ。

「うひゃあ。おっおまわりさん、痴漢がいますー」

「そんなこと言うならいい。触っていいの無しにするから」

 怒ったふりで毬乃に背を向けた。またぼよんと身体が弾む。

「えへへー、ごめぇん」

 甘えた声で毬乃が後ろから抱き付いてくる。私は怒ったふりを続けて無視。

「帰らないから怒ってないの分かってるのさー。がぶり」

 首に毬乃の息がかかったと思ったら首筋に噛みつかれた。

「くすぐったいよ、毬乃」

「ねっ、ちょっと触ってもいーかな」

 自分で触っていいって言っちゃったから恥ずかしいけれど、うなずいた。

 お腹の前にあった毬乃の手が動いて、私の…左胸に手のひらが当たって――揉むって言うのかな――動き出した。

 首に噛み付かれた時と一緒でくすぐったい。

「どう?」

 って聞かれても

「恥ずかしいし、くすぐったい」

 としか答えられない。

「そっかー。わたしはすごく気持ちいいし幸せ。好きな人にふれるってこんなに気持ちいーんだー。なんだろ。心が気持ちいーのかなー。もみもみ」

「口に出さないでよ、ばか毬乃」


 何度も幸せと気持ちいいを繰り返す耳元の毬乃の声が心地よくて立ったままの私は頭を預けて目を閉じていた。

「あ、れ?」

 くすぐたっかった感じが変わってきた。

「まっ、毬乃。待って。触るのやめてくれる?」

「触られるのヤになった?」

「いやになってないけど、なんだか痛くなってきた」

 くすぐったかったのに今はズキズキして痛い。

「ごめん。最初から揉みすぎかも。今日はもう我慢する」

 毬乃の手が胸から離れた。でも左胸がズキズキ痛いのは止まらない。

「うん、ごめんね。触っていいって言ったのに」

「ちえが謝らないでよー。まさか許してもらえるとは思ってなかったからホントにうれしーんだから。それに今日だけじゃないでしょ。明日も触っていーんだよね?」

「それは…うん、まあ。痛くなくなってたら」

「ありがと! ちえ大好き!」

 後ろから抱き付いてくる毬乃は声のわりにふわっと抱きしめてきた。胸が痛いって言ったから気を使ってくれているんだ。

「毬乃と話もできたし、そろそろ帰るね」

 巻かれている毬乃の腕を解いた私は後ろを振り返った。

「おまじない、する」

 そう言って毬乃が顔を近づけてきた。好きじゃない子の唇にキスしちゃダメなら好きな私には唇にしてくるのかな――と思ったけれど毬乃は頬におまじないをした。

「唇にしないの?」

 口に出してからねだっているみたいだと思って私は口元を押さえる。

「んー、ごめん。怖い。ホントはしようと思ったんだけど怖くなって頬にしちゃった」

「そうなんだ」

 ちょっと背伸びをして私も毬乃に――初めて自分から――おまじないをした。

 真っ赤になっておまじないをされたところを抑える毬乃を可愛いと思った。

「そろそろ帰るね。遅くなっちゃったから――」

「あー! 最大の問題が。桔梗さん、どうしよう……」

 頭を抱えて毬乃が身体をゆらゆらさせる。その動きでベッドがぽよんぽよんする。

「大丈夫だよ。聞かれなきゃ答えないようにするから。それならウソにならないでしょ」

 考えていたことを話すと毬乃はあきれた顔をした。

「…ちえってホントは悪い子なんじゃない」

 毬乃に会ってから悪い子になったって冗談で言おうとしてやめた。きっと毬乃は本気で自分のせいにする。

「いいよ、悪い子で。それで毬乃と一緒にいられるなら。本当に帰るね。晩ご飯作るのまだ間に合うから」

 柔らかいベッドのぽよんぽよんを楽しみながら私は部屋のドアに向かう。

「あっ」

「今度はなに?」

「もうひとつ…ちえにお話してないことが…」

「今更。何を話してないの?」

 上目づかいになって言いにくそうに毬乃がちらちら私を見る。

「風邪の時のちえの胸が赤かったじゃない?」

「ああ、毬乃につつかれた虫刺されでしょ」

「その虫がわたしデス」

 上目づかいのままで毬乃が右手を上げた。

「つねったの?」

「違う! そんなひどいことしない……キスした…だけで」

「なんでキスで赤くなるの? おまじないで赤くなったことないよ」

「赤くなったのはキスマークって言って…キスをした時にちゅって吸うと赤く跡が残るの…」

「えっ、そうなの?」

「ごめんなさい! ちえが可愛くて触りたくって。我慢する代わりに、ちょっとだけキスさせてもらおうと思ったんだけど一回じゃ我慢できなくて。何回もしてるうちに赤く……」

 拝むように両手を合わせて頭を下げる毬乃の話に不思議と腹は立たなかった。

「約束ごと、追加。跡が残るのはだめ。お母さんと一緒にお風呂に入ったら気付かれちゃうと思うから」

「怒らないの? 服の上からじゃなくて直接だよ」

「前の話だし、あの時のことは思い出すと恥ずかしいし言われたことを思い出すと腹が立つからいい」

 私は余計なことを言った。毬乃は悩んでなければ思ったことを平気で口にする。

「言われたことって……つるつる?」

「帰る!」

 私は毬乃の反応を待たないでドアを開けて部屋を出て、気になったことがあって振り返る。

 廊下側のドアノブに鍵?

 ドアノブについている細いそれをひねると、かちんとドアがロックされた。


『ママっ、閉じ込めないで!!』


 叫び声が聞こえた気がした私は急いで鍵をあけて扉を開く――目の前の毬乃の胸にぶつかった。

「戻って来てくれて良かったー。もう言わないから許しておくれよー」

 また抱きついてくる。抱きしめれば許してくれると思ってるのかな、毬乃は。

「ウソつき。またからかうんでしょ。つるつるって。言っとくけど私だって毬乃が、そんなに無いの知ってるんだからね」

 自分で言うと意外と気にならないや。

「げげっ、なんで、それを…」

「なんでもなにもお風呂で見たから。白くて綺麗な身体で。お尻も小さくて可愛いし、毬乃は綺麗で、時々ずるいと思う」

 私からの反撃に毬乃の心臓の音が大きくなった。見上げると予想通りに顔が赤い。

「あんまり怒るようなことしたら、しばらく口きかないから」

「えー、それは悲しすぎるー」

「なにも思わなかったら、おしおきにならないでしょ」

 毬乃が気にしないようできるだけ普通の口調で話しながら玄関に向かって歩き始める。

「おしおき?! ねっ、どれくらい? 何日くらい話してくれないのー?」

 遅れて毬乃の足音が付いてきた。

「んんと、ニ、三日かな」

 本当は、そんなに話さないなんてできないと思う。毬乃じゃなくて私の方が耐えられない気がする。

「きびしーおしおきだー。がっくしだよー」

 笑いそうなのをこらえて玄関まで歩いていって見慣れた物が無いことに気が付いた。

「毬乃のお家の電話番号教えてもらってないよね。せっかくだから教えてくれる?」

 いつも学校から直接うちに来るとか図書室で予定を決めちゃうから連絡をする必要がなくて今まで聞いたことが無かった。

 うちもそうだけど、庭にいても聞こえるようにだいたい何処の家も玄関先に電話が置いてある。

 靴を履きながら、毬乃のうちは玄関じゃないんだなぁと思って私は聞いた。

「うちさー。電話ないんだよねー。桔梗さんもお父さんも知ってる」

 毬乃のことでお母さんが知っていて知らないことがあると分かって私はちょっとむっとした。

「電話がないと不便じゃない?」

「そうなのかもしんないけど…ママがいやがるんだー。その…後輩が電話番号を知って追いかけてくるんじゃないかって……」

 風船から空気がしゅーと抜けるように私のむっとした気持ちがしぼんでいく。

「あー気にしないで。どうせちえ以外と連絡なんてしないんだし。ほら帰って、晩ご飯作らなきゃ。原因のわたしが桔梗さんに怒られちゃうから。急いで急いでー」

 早口でまくし立てる毬乃が玄関の扉を開けて手招きする。

「もう怒られそうな時間だから、怒られても我慢できるように、もう一回おまじない…して」

 黙って扉を閉じた毬乃は頬におまじないをしてくれた。

「もし毬乃がママに怒られるようだったら、私がおまじないしてあげるからね」

 そう言って私たちは玄関先で別れた。


 毬乃は送りたがったけれど、遅くなったこともあって断った。

 村の中のことは毬乃より詳しいから何かあったら――知っている限りなにもない――どうすればいいかちゃんと教えてもらってある。

 四辻を曲がって家の方に歩いていると茶色いセミロングの見慣れない女性が歩いて来た。

「こんばんは」

 頭を下げた私をちらっと見ただけでその女性は何も言わないで歩いて行った。つり目がちな感じから毬乃のママかなぁと思った。

 あの人が毬乃を叩くんだ、と思ったら腹が立ってぷんぷんして家に帰った。

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