第2話 図書室と死角の窓と
放課後、校舎のニ階にある図書室のカウンターに座った私は、
「ふぅ」
とひとつ息を吐いた。
前山さんは、言った通りに一日ずっと隣にいて一緒に教科書を見ていた。
休み時間になると珍しい転校生を目当てに見物人が集まっていた。と言ってもふたクラスしかないけれど。
女の子、男子関係なく慣れた感じで前山さんは話していた。コミュニケーション能力が高いのだと思う。
その間、私は席を外すようにしていた。あまり人が多いのは好きじゃないし、他の人に邪魔と思われて何か言われるのも嫌だったから。
ただ、一度だけ
「あー無理! 我慢できない!」
大きな声を出すと私の手を取って教室の外に連れ出した。
何かと思って聞こうとする間もなく
「……トイレどこ?」
あんなに大きな声を出しておいて恥ずかしそうにする前山さんがおかしくてつい笑ってしまった。
幸い察してくれた女の子たちのおかげで男子がついて来ることはなかった。
放課後も同じように人が集まりだしたので、私はさよならだけ言って教室を後にした。
図書委員の当番があったから。
来れる人が来るような感じで、私が毎日来ていたら誰も来なくなっていた。
なので、いつも放課後は私が一人でここに座って帰りの鐘が鳴るまで当番をしていた。
いなかで遊ぶところも無いし、特にすることも無いから私はここで本を読んでいる。
本は好きだから苦にならない。でももうちょっとで良いから色々な本を増やしてくれたら嬉しい。ほとんどの本は読んでしまったから。
「さてと…続きの本はっと」
テーブルの下に顔を入れると――前山さんがいて例の無邪気な笑顔で手を振っている。
「ぎぃや…」
と悲鳴を上げる前に手をのばした前山さんに口をふさがれた。なになに、なんでここに?!」
「しーしー静かに」
「むぐう」
私が無言でうなずくと前山さんの手が口元から離れる。
「ごめんねー。放課後も質問責めでさー。逃げてるうちに隙間を見つけたから強引に入っちゃた。そしたらカウンターがあったからさー。隠れてたんだー」
ごそごそと四つん這いで机の下から出て来る前山さん。
ああ、スカートも長い髪も床をすっちゃってるのに気にしていない。
「さすがに放課後まではちょっとねー」
這い出して来た前山さんに余っている椅子を勧める。
「あっ、ありがとー。うんうん、わたしの予想通りに優しいコだよねー」
満足そうに言いながらひざの後ろをあたりでスカートを押さえて座る…ああ、気になる。
私はサブバッグから櫛と埃取り用のブラシを取り出した。
「ちょっと、じっとしてて下さいね」
「何すんのー?」
今にも座ったまま椅子を回転させそうな前山さんを正面に向かせる。
最初に床に付いてしまった髪をとかしながら埃を取っていく。
それから前山さんの前に回ってしゃがみ込む。
「机の下になんかにいるから埃が付いてるの」
ブラシで膝のあたりの埃を払ってあげる。
「ありがとう、ちーちゃん」
「わざわざマウンターの下になんて入らなくても窓のところに見えにくい場所があるのに」
「へー、じゃあ後でその場所を教えてもらおっと」
そう言いながら前山さんが身体を曲げて私の頭に鼻かな――を押しつけてくる。
大丈夫だよね。臭くないよね、私。
「ちーちゃん…いい匂いがする」
何度か匂いをかぐようなだった前山さんの呼吸は、段々と穏やかになって――寝息…?
「まっ、前山さん?」
「ん、んあ……ごめん、寝ちゃった」
本当に寝ていた……
「新しい場所って疲れるんだよねー」
腕を伸ばした前山さんがあくび混じりに呟く。
「んー」
ぱたりと身体を曲げた前山さんはまた私の頭に顔を乗せる――頬にしては柔らかいような?
「あのっ」
「さーてと!」
私の言葉をさえぎるように勢いよく前山さんは立ち上がった。鼻歌を歌い始めながらカウンターの下から自分のものだろう鞄をずりずりと引きずって取り出す。
今度はちゃんとホコリを落とす……バンバンすごい力で叩いて。
「それから前山さんじゃなくて毬乃って呼んで欲しいな。んではっ!」
ビシッと敬礼する前山さん。この人は敬礼が好きなのかな?
「また明日会いましょー」
すたすたと図書室を、やっぱり勢いよく前山さんは出て行った。
多分、気のせいじゃないと思う。最後に私の頭に触れたのは前山さんの…くちびる……
私が声をかけた時に前山さんは、はっとしたような気配があった。
図書室を出て行く時も耳が赤かったような気がする。
……どういうこと?
それよりも臭くなかったかな、と自分の頭に触れる。
毎日シャンプーしているけどもう夕方だし……
そんなことより本の続き。続きを読もう。
でも、やっぱり大騒ぎな転校生のおかげで読書もあまり身が入らなかった。
そして、なんとなく予想していたとおりに前山さんは翌日から放課後の図書室に来るようになった。
当然、廊下から死角になる窓にも案内させられた。
「へー日当たりはいいけど風も通って涼しいー」
窓に座って窓枠に頭を傾け目を閉じる前山さんの姿はどこか神聖で絵画めいていた。
邪魔にならないように、そっと離れた私は、カウンターに戻り読みかけの本を開いた。
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