第186話 光の方へ

「あー、あの を気にしているなら心配ないわよ。ちゃんと『おしめ』をつけておいてあげたか 

 まるで世間話の延長のように、平気な様子でそんな を言うユリを見て、ルーツは凍り付いたように、その身体を強張こわばらせた。

 しかし、おしめ、と言うと……。ルーツの頭に思い かんでくるのは、生まれたての赤子のまたにはめられているような白い紙きれのような存在なのだ 

 おそらくは、言葉をたがえてしまったのだろう。まさか十一にもなって、ひとりで用便ようべんも出来ないような赤ん坊と同じ扱いを受けるなんて、そんなことがありるはずがな 

 はずがない、とは思っているのだが……。 えただけで、身体中からじんわりとした気持ちの悪い汗がき出してきて、ルーツの奥歯はガチガチ鳴った。

「まあ、実際のところ、アンタはずっと っていたわけじゃなくて、三日目くらいからは何度かうわごとを言いながら ち上がろうとしていたんだけどね。なんか、どうも正気じゃないように見えたからそのまま かせておいたのよ。……でも、結果的には かったでしょう? たっぷり眠ったおかげかどうかは知らないけれど、今のところアンタの傷口は特にんでもいないみたいだし。私としても、アンタの症状が悪化することに べれば、余計な洗濯物が少し増えることくらい、 にどうってことはなかったし 

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 そんな話を きながら、『余計な洗濯物』という言葉が指し示す事象の意味を考えていると、ルーツはなんだか気が くなってきて、意味もなくそこらの瓦礫がれきの山の中に、身を げてしまいたくなってくる。しかし、ルーツが行動を起こすより前に、ユリは決定的な言葉でとどめを した。

「でも、アレは なる生理現象。生きている限り、どうしても出てしまうものだから、いろいろお世話してもらったからと言って、 に感謝する必要はどこにもないわよ? それに、においとか、かぶれとか、何より衛生上の問題があったから れ流しにしておくわけにもいかなかっただけだし。……ああ、そうそう。安心して。 いにも前の方しか出なかったこともあって、被害は最小限で んだから。おしめの調達に関しても、普通に大人用のサイズの物が、いろんな店舗で っていたし。まあ、このあたりは、地方から多くの物品が まってくる王都さまさまって言ったところなのかな――って、大丈夫? アンタ、 が真っ赤になっているんだけど」

 そう言うと、ユリは再び、自分の右手をルーツのおでこに てがってきたのだが、どう考えても、気遣うポイントはそこではないだろ 

 まったくどういう思考回路をしているのか。熱がないことを かめた後で、ユリはようやくルーツがずかしがっていることに思い至ったようで。

 ははーん、とでも いたげな顔をして、合点がいった様子でうなずいているユリを見て、ルーツはさらに っ赤になった。

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「だけど何も、そこまでずかしがることはないんじゃない? お店に大人用のおしめが いてあったっていうことは、アンタ以外にもそれを必要としている人がそこそこ るって事なんだし。アンタは私を槍から助けようとした結果、そうなっちゃっただけなんだから、 も馬鹿になんてしないわよ。……それに、かく言う私も、結構大きくなるまでは、少し夜尿やにょうの気質があって。寝起きをシャルに見られる に、恥ずかしい思いをしていたし。……一緒よ、一緒! だから、そんなこの の終わりみたいな顔してないで、とっとと正気に りなさいな」

 自分なりに、ルーツに発破はっぱをかけようとしていたのか、ユリはそう ってくれたのだ 

 そのユリに、おねしょをしている無様な姿 を見られてしまったという衝撃が大きすぎて、ルーツは今更どんな言葉ではげまされても、元気が湧いてくる がしなかった。

 しかし、いくらルーツをなぐめるためとは言っても、常識的に考えたら、普通は誰にも言い出せないはずのとても ずかしい体験談を口に出すなんて。ひょっとすると、ユリは鋼の心臓でも持ち わせているのだろうか? 

 そう ってユリを見ると、意外にも、ユリはおそらくルーツ以上に、顔を真っ赤にさせてい 

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「たかが一回や二回、粗相そそうをしちゃったからって、いつまで落ち込んでいるつもりなのよ! こっちは、墓場まで っていくはずの大切な秘密を特別に聞かせてあげたんだから、そろそろ機嫌直しなさいよ 

 ユリがずかしさをしのんでまで、元気づけようとしてくれていることに気づいたルーツは、ようやく平常心に ることが出来た。

まあ ……なんというか……いろいろとありがとう。おかげさまで、ちょっとやそっとじゃ動じない、固い意思を手に入れられたような がするよ」

 少しはにかみながらそう うと、ルーツはユリに駆け寄って、二人はまた並ぶようにして歩き す。

 長く、どこまでも続いていたように見えた暗い路地は、ついに此処ここで終わりを告げ、 に見えているのは、表通りの光。二人はその光の方へ、ゆっくりと、だが確かに自分たちの足で、 みを進めて行ったのだった。

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