第185話 お察し

 翌朝、ルーツは早々に目が めた。隣を見るともう既に、ユリは寝床にいなかったが、辺りはまだまだ薄暗く、人の も聞こえてこない。

  の早朝特有のひんやりとした空気の中、両の手足を大きく伸ばし、しばらくごろんとしていると、すぐに頭がえてきて、ルーツは着替えを済ませた後に、奥の扉をバタンと けた。

 すると、ユリはそこで っていて、カップに口を付けながら、ひとりで朝のひと時を優雅ゆうがな様子で過ごしている。しかし、なんともまあその飲み方が、こうしてはたから見ていると、とても美味しそうにうつるの 

 いつもだったら白湯さゆなんてあんまり飲む気になれないのだが、ユリにつられていただくと、これが意外に くない。なんだか心が落ち着くし、なにより身体がポカポカする。これは いという事で、ルーツは十杯もおかわりし、案の定というべきなのか、そのあとトイレに け込んだ。

 結局ルーツは水の飲み過ぎで、しばらくトイレにこもりきりになった。

 そのため、二人はいやおうなしに一時間、出発を遅らせることを余儀よぎなくされてしまったのだが。げっそりとした表情で個室から てきたルーツを見ても、ユリは小言を言うわけでもなく、まるで でも確認しているかのように、ルーツの額にピタッと自分の右手を ててく 

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 どう考えても調子に っていたとしか思えない、ルーツの馬鹿げた行動のせいで、念入りに てた自分の計画がご破算になりかけているにもかかわらず、随分と献身的に世話を いてくれるユリを見て、少年はひどく申し訳ない気分におそわれた。

 それはともかく、ルーツのお のぎゅるぎゅるがやっとのことで収まると、二人は部屋を片付けて、崩れてしまった外壁と瓦礫がれきの合間から、そろりそろりと顔を出 

 しかし、まさか、倒壊とうかいしかけている住宅の内部から、呑気のんきに出てくる瞬間を誰かに見られるわけにもいかなかったので。見回りの兵士がいないことをユリが確認し わるまでに、さらに少しばかりの時間がかかり、服のほこりをはらいながら、ようやく外に出た時には、なんだかルーツは疲れ切っていたのだっ 

 それでも、久方ひさかたぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込むと、ルーツはまるで もかもから解放されたような心地 になってきて。二人はこの数日間、お世話になった建物に、思い思いの感謝を べると、向かい風に逆らうように暗い路地をあとにする。

 だが、 きたばかりの時と比べれば少しは暖かくなってきたとは言っても、この りはほとんど光が差し込んでこない、昼でも暗い路地なの 

「うー、 い。やっぱりあと一枚くらい、重ね着すればよかったのかなあ」

 ルーツはそう言いながら、自分の両腕を勢いよくさすっていたのだが、ユリはルーツよりずっと薄着であるにもかかわらず、ほとんど さを感じてはいないようだっ 

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 しかし、吹き付けてくるようなこの風の中、上着も羽織はおらず歩いているのは、どう考えてもおかしい がするのだが、ひょっとすると、ユリは見えない脂肪のよろいでも、 にまとっているのだろうか。そんな失礼なことを えながら、ルーツがくしゃみをしていると、ユリはこちらをチラッと て、意地悪なことを言ってく 

「でも、アンタが冷え性の がりさんだったなら、事前にちゃんとトイレを済ませておけて良かったわね。あとからお外で尿意にょういをもよおしていたとしたら、場合によってはしばらく我慢がまんしてもらうことになっていたかもしれないわよ?」

 そう言われても、後になって腹痛はらいたがぶり返してこないとも限らないし、この寒さで膀胱ぼうこうが縮んでしまうことも考えられる。というわけで、ルーツは肯定することも否定することも出来ずに、うーんとうなるだけだった。

 しかし、例え不慮ふりょの問題が起きずとも、目的地までの距離によっては、どこかでトイレを りることになってしまうだろう。

 いくら明日がいそがしいからと言って、あらかじめ二日分の睡眠をとっておくことは出来ないし、数日先の食事まで食べ きしていくことはまず不可能。特に、排せつ行為に っては、健康体である以上、一日に数度も行う必要があるのだから、思えば人の身体とは不便な りをしているものである。

 と、そこまでざっと考えたところで、ルーツは に不幸にも、とある疑問に突き当たり、立ち止まって え込んだ。

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「ねえ、ユリ。 ってさあ……、背中に槍を食らってから、どのくらいの間、眠っていたんだっ ?」

 ためらいがちにたずねると、『五日間』という えが返ってきて、ルーツはひどく青ざめ 

 仮に、意識を っていた時間が一日や二日程度であったなら、この悪い予感が杞憂きゆうである可能性もまだあったのかもしれないが……、まるっと五日間も昏睡こんすい状態におちいっていたとなると、もうどうにもならないだろ 

 ルーツが人である以上、 え眠り続けていたとしても、おしっこはまっていくものなのだ。ならば、いくら水分をあまりっていなかったとはいっても、その間のことはお しであ 

 しかし、これ以上 に自身の疑惑を追及すると、なんだかプライドどころか、人としての尊厳まで われてしまいそうだったので。ルーツは自分が目覚めた際に、布団が綺麗きれいだったことを思い返し、悪い想像を振り払う。

 だが、残念ながらルーツの目の前に立っているこの少女は、人の えを読み解くことにけている悪い だった。

 たった一度しか、 いかけていないにもかかわらず、少女は少年が何を思い悩んでいるのか、全て かってしまっていたようで。ルーツの尊厳は、ユリの次の言葉で打ち かれることになるのである。

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