第127話 友だちじゃない

「あとどのくらいまでなら、外に居られるの? あと何発ぐらいなら、魔法を撃っても平気でいられるのかしら」

 ユリに問いかけられたシャーロットは、口元に握りこぶしを当てたまま、難しい顔をしてしばらく考え込んでいた。だがやがて、ポツリと閃いたように話しだす。

「多分、ひと月ほどまでなら。魔法を使っている場合は、もう少し早く。それを過ぎると――、さすがに、いきなり溶け始めるってことは無いでしょうが、身体が何らかの危険信号を発し始めると思います。ですから、私としてはそうなる前に、お城に帰っていただきたいのです」

「そう、ひと月か。一か月……」

 ユリは噛みしめるように、その言葉を繰り返した。指を折り曲げては、伸ばして、また折って……数を数えている。

「分かった、ありがとう。ちゃんと、その時が来る前にお城には帰るわ。外の世界も十分堪能したことだし――」

「どうかしましたか?」

 急に押し黙ったユリに、シャーロットは心配そうに言う。

「ねえ、シャル。帰る日って、前々から伝えておかないと迷惑だったりする?」

「いいえ、例え当日でも、言ってもらえれば大丈夫ですよ。仮に、明日帰ることになっていたとして、やっぱりもう数日は外に居たいと思ったのなら、そう話して下されば、即座に対応してみせます。何と言っても、私はお嬢様の側仕えなのですから」

 シャーロットは胸を張った。

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「それもそうね。だったら、ルーツが目を覚ますまで此処で待っていたいんだけど、問題ないかしら」

「もちろんです。ただ……、もし、ひと月の間に目を覚まさないとなった場合は、多分、その子を城に連れ込むことは、許してもらえないと思います。その場合は、責任を持ってこの私が――」

 ルーツの名前を口に出した瞬間、シャーロットはまた、以前見せた不平を言いたそうな顔つきになる。

「問題ないわ。ひと月と言わず、あと何日か目覚めないようなら、諦めて、置いて帰るから。寝かせておけば、きっと誰かが見つけてくれるでしょう」

 だが、ユリがそういうと、これまた意外そうに眼を見開いた。

「お嬢様の記憶は隅から隅まで叩き込みましたから、理解できないことは無いと思っていたのですが、意外とあるものなのですね。……いいんですか? この子を置いて帰ってしまって」

「何か問題があるっていうの? たかが人間ひとりに付き合って、それで死んでしまったら割に合わないでしょう」

「お嬢様がそういうなら、止めはしませんが……。私は、新しい友だちが出来たものだとばかり、思っていましたから」

―――――――――287―――――――――

「……友だちじゃない」

 今までも血色がいいとは言えなかったユリの顔から、更にすっと血の気が引いた。ほとんど恫喝に近いような、凄みの利いた低い声で、友だちという言葉に反応したユリに、シャーロットは慌てて弁解する。

「差し出がましいことでした。すみません」

「気にしてないから。それと、私の友だちはずっとシャルだけだから。安心して」

 ユリはさらりと言ったが、口調は相変わらず何処か暗かった。

「こいつは利用していただけ。私も記憶を無くしてて、いろいろと世の中のことを知る必要があったから。上手く導けば、行ったことのない街まで足を踏み入れることが出来るかもしれないと思ったから、一緒に行動してたの。だから、全部終わった今となっては何の価値も無い。一応、私の代わりに怪我をしてくれたわけだし、お礼ぐらいは言おうかな、とは思っていたけれど、私の身体に支障が出るくらいなら放っておく。少し可哀そうな気もするけど。散々、私は今までいろんな人を利用して、死なせてきたのに。今回だけ特別扱いする理由は、どこにもないもの」

 すらすらと回る口と逆を行くように、瞼はひくひくと痙攣し、表情は重々しい。

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「シャルも私が言ったことを、ちゃんと覚えておいて。利己的に、自分のことだけを考えて、私は帰るの。今までも、私はずっと自分のことだけ。自分の幸せだけを考えて生きてきた。そして、それはこれからも変わらない」

「全て分かっていますよ。私はお嬢様の記憶を持っていますから」

 シャーロットはぴしゃりと返した。

「ねえ、シャル。今お城に帰ったとして、ちゃんと私の居場所はあるんでしょうね?」

「自室以外にってことですか? ……そうですね。あの部屋は元のまま、誰も立ち入っていませんから、少し掃除をすればまた使えるようになると思います。もし、違うことを懼れているのだとしたら、十年以上も前に起こった、『不幸な事故』のことを未だに覚えている人はいませんよ」

「それなら良かったわ。自分の空間があるならそれで充分だから。二人で過ごすには、あの部屋は大きすぎたくらいだもん。……あともう一つ、シャルは私が城に帰るまではずっとそばにいるの?」

 ユリは、何気なさを装っているかのように、変に取り澄ました顔をしている。

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「お邪魔でしたか?」

「んと、そうじゃないんだけど――、もし起きた時に、知らない人がいると、面倒なことになるかなって思って」

「それでは、私は一度帰って。全てが片付いて、お嬢様が過去を清算し終えた時に、もう一度来ることにいたしましょう。もうすぐ、また夜が明けますし――、出来れば誰にも見つかりたくないですから。手早ですが、いま此処で失礼します。

 ……ああ、そうでした。人間たちは何も見えていないようで、実は敏感です。明るいうちに、閉鎖された廃墟から出ていこうとすれば流石に気づかれてしまうので、お嬢様もお気を付けを」

 朝の訪れを告げる小鳥のさえずりが、壁の穴を塞いでいる瓦礫の隙間から聞こえ始めていた。ほぼ垂直に見える壁の微妙な凹凸に手をかけ、吹き抜けになった三階までシャーロットは器用に登っていく。死角に入って、見えなくなったのも束の間、何度か、何かをまさぐるような音がした後、ほこりが一階まで降ってきた。

「覚えておいてくださいね。一応、此処からも出ることが出来ますから。通り抜ける時に、少しだけ、服が汚れてしまうかもしれませんけど」

「だったら、汚れが目立たない色のをくれたら良かったのに。……そもそもこんなのを着ていたら、とっても目立ってしまうじゃない」

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 ほこりに遅れて降ってきた声に、ユリは自分の服を引っ張りながらそう返したが、シャルは、地味柄の服の方が、この街では人目を引いてしまいますよと言って、取り合ってはくれなかった。

「大丈夫ですよ。この街では、年頃の男女に限らず、皆おしゃれをしていますから」

「……なんだか、騙されているような気がするんだけど」

「まあ、それはそれとして。最後に、側仕えとして、どうしても言いたくなっちゃったんで言いますが――、お嬢様、分かっているとは思いますが、これ以上、目立つ行動は避けてくださいね。あと、思い出したからと言って、得意になって魔法を使ったりしないこと。魔法を使うことは、魔毒症を進行させる元。引いては、自身の寿命を減らしていることに他ならないんですから。私が居なくなった後に、試してみたいと思ったとしても、ここぞって時にしか使っちゃいけませんよ。……まあ、元を辿れば、今回私がお嬢様を見つけられたのは、お嬢様が王都内で派手な魔法をバンバン使っちゃったせいなんで、今までについては私もあんまり咎められないんですけど」

 ユリの疑問をはぐらかすようにしたシャーロットは、急に砕けた口調になった。言いたいことだけ言って、さよならをしようとする彼女に、ユリは慌てて口を開く。

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「じゃあ、私も最後に。記憶を見る前に、シャルが自分の記憶のこと、悪い記憶って言ってたこと。いま、急に思い出したんだけど、あれってどういう意味だったの?」

 そう言うと、もう行ってしまったのではないかと錯覚してしまうほど長い沈黙が流れたのち、ほとんど囁くような小さな声が降ってきた。

「あの時の私は、お嬢様の本心を見抜けていませんでしたから。悪い……、というより、思い出すと、愚かしいというか、恥ずかしいのです」

 問いただそうとしたのか。ユリは吹き抜けを仰ぎ見たが、その前に、シャーロットは音もなく去っていた。








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