第124話 間違ってない

「命は軽々しく、ましてや楽しんで奪っていい物ではありません。そのぐらい、お嬢様は分かっていると思っていました」

 声には、明らかに非難の調子がこもっていた。

「だったら何? こうする以外どうしようもなかったんだって顔をしながら、命を奪えば良かったっていうの? それに、別に私は、所構わず好き放題殺したってわけじゃないんだよ。ただ、『たまたま』機会が生まれて、そうしないといけなかったから、貴方が殺されそうだったから、仕方なく殺したんだよ。その過程で、別に楽しもうが、喜ぼうが私の勝手じゃない。どう感じたって、誰かを殺したっていう結果は変わらないのに」

 演技臭い。私には私の行動がそう思える。

「だから、何? やめてよ! そんな怖い顔をして。私は間違ってないんだから! だって、ただ悪い奴を殺しただけだもん。シャルを殺そうとした悪人を退治しただけだもん。それに――、戦う意思を失っていたように見えても、ほうっておいたらまた殺しに来るんだよ。変なお情けをかけて逃がしたら、後で痛い目を見るのはシャルと私なんだよ? 動けないくらい痛めつけたとしても、もう二度と立ち上がれなくなるくらいボコボコにしたとしても、知り合いが仇を取りに来るかもしれないじゃん。長い時をかけて、子どもか孫が襲ってくるかもしれないじゃん。寝込みを襲われたらどうするの? 一生、背後を警戒して、怯えながら過ごすことになってもいいの? だから、殺して正解だったんだよ!」

 私は顔を膨らませ、地団駄を踏んでいた。その様子はとてもわざとらしかった。まるで年相応の子どもの面をかぶっているような――。不貞腐れた顔の下に、まだ幾枚もの仮面が隠れている気がした。

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「悩み抜いた方が、偉いなんておかしいよ。やっていることは同じなのに。別に私は、悪いことをしたってわけじゃないのに――」

「お嬢様は楽しかったんですか?」

 掠れた声でシャルは聞く。それが、喉の調子によるものなのか、私を懼れているからなのか、私には分からなかった。

「楽しかったっていうか。何だろう、ワクワクした。えーと、こんなもんじゃなくて、本当に心が躍ったんだけど――」

 私は言葉を探していた。

「新しいことが、いっぱい体験出来て、今日は楽しかった、のかな?」

 そして、辿り着いてはいけない、感情を見つけてしまった。

 今だったら、隠すのだろう。誰にも言わず、閉まっておくのだろう。詰めが甘いのは、私がまだ幼いからだ。私は、いつの間にか、シャルの誘導に乗せられて、感じたことを全て語ってしまおうとしている自分自身に苛立ちを感じていた。

「今まで、死んだものばかりを目にしてきたから――ほら、花にしても、獣にしても。みんなそうでしょう? シャルが部屋に持ってきてくれてたのは、全部、もう既に死んでしまっているものばかりだった。ねえ、シャル。今まで私は、どうして自分で壊してみようって思わなかったのかしら。間違いなく、その方が面白かったはずなのに、もっとたくさんの動きを見ることが出来たはずなのに」

「それは駄目です。私は、お嬢様にしてはいけないことも教えなくてはなりません」

 シャルは即座に言い返す。今までの私に付き従っていたあの奥手のシャルは、どこかに行ってしまったようだった。

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「確かに、大勢の中で暮らしていくのなら、そんなつまんないことも考えないといけなくなるのかもしれないけど、私たちは別にそんな生活をしてこなかったじゃない。今までも、そしてこれからも。どこにも属さないのだとしたら、守るべきことなんて何一つないんじゃないの?」

 仮面が剥がれていく。

「ねえ、シャル。どうして社会って駄目なことばかり先に教えるのかしら。そうでなければ、一つの共同体としてやっていけないから? でもね、進歩するにはそんなものに囚われてちゃダメなのよ。集団は私たちを守ってくれるけど、前には進ませてくれない。皆の足並みが揃うまで、いつまでもその場にとどまらせようとしてくるの。そんなもの、私には必要ない。誰かの助けを借りなくても、一人でやっていけるから。既存の価値観なんて――、シャル。貴方が持ってる古い考え方なんて聞きたくもないわ。規範、倫理、常識、そんなものにこだわってるようじゃ私はいつまでたっても自由になれないのよ」

 本当の私が顔を出す。

「ねえ、シャル。今日見たの、全部新鮮な体験だったんだよ。どれも見たことない光景ばかりだった。新たなこと、未知なる体験、神秘、奇跡。貴方の新しい顔も見れた――、全部見つくしたと思っていたのに。意外と普通の日々じゃ引き出せない表情って多いのね。すごく、勉強になった。ありがとう、シャル。貴方のおかげで、今日は最高の一日になったわ」

 なんの穢れも無い満面の笑みを浮かべながら、おぞましい言葉を言い放つ。

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「そういえば、シャル。それって、まだ生きてる?」

 私は、肉片を指差して、シャルに問いかけた。シャルの返事を待たないまま、その表情から死んでいると判断して、私は途端に、つまらなさそうな顔になる。

「あーあ、失敗しちゃったなあ。一人ぐらい残しておけば良かった。ついつい、流れに身を任せちゃったから……。そういえば、私。死んだ獣の身体や植物はいっぱい切り開いてきたけど、何故だか魔獣や悪魔はまだだったんだよね。ねえ、シャル。どうして、私は今まで、同族を持ってきてって、貴方に頼まなかったんだろ? 思いついてもよさそうなのに」

 そう言って、またシャルの指を手に取った。

「でも、もしかしたら貴方がずっとそばにいたからかもね。いっつも、手の届く場所に研究対象がいたから、いつでも出来ると思っていたのかも――」

 反射によるものなのか、シャルがろくに体を支えられないはずの片手で、何とか立ち上がろうとすると、私は冗談めかして笑いかける。

「なんてね、シャル。嘘だよ、嘘だって。私の大事なシャルを傷つけるわけないじゃない。大事に、とっておかないと。ほら、これも嘘。笑って、笑って」

 だが、目は笑っていなかった。シャルも苦笑すら浮かべない。戸惑いが恐怖に変わり、異質な物を見る目で私を見ている。尻もちをついたまま、後ずさりしようとし始めたシャルを見て、私はがっかりしたように深くため息をついた。

―――――――――274―――――――――

「やっぱり、分かってもらえなかった。シャルなら、あるいは、って思っていたのに。どうやら、私の思い違いだったみたいね。……だったらもう、好き勝手にしてもいいわよね。もう今さら、何を言っても変わるもんじゃないし」

 深呼吸の音が聞こえてくる。私の指がパチンとなった。

 とともに、シャルの身体が宙に浮く。


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