第九章 手紙

第43話 見られて困るような文章なんて、書く方が悪い

「やっと見つかったよ……。でも、おかしいなあ。今日届けられた物にしては、随分奥まで転がっていたんだが。掃除してなかったのがいけなかったのかなあ」

 ちょうど雑誌も読み終わった頃、二人が戻ってきた。役人たちは、顔中を汗まみれにして、随分苦労したようだった。髪が額にへばりつき、なんとも無残な表情をしている。カウンターの上に置かれた封筒は少し汚れてはいたが、封が開けられた形跡もない。ルーツは、心優しい何者かに感謝した。

「で、その封筒なんだが……」

 だが役人は、素直に手紙を渡してくれなかった。物を受け取り、帰路に就こうとしたルーツの眼の前で、ひょいと封筒を取り上げる。

「差出人を見させてもらったんだが、これは、半獣人が出した手紙ということで間違いないのか?」

 役人は、少し強張った顔で此方を見ていた。

「……それとこれとは、関係ないんじゃないの?」

「いや、大ありさ」

 ユリが食って掛かったが、役人は咎めるように言ってくる。

―――――――――286――――――――

「奴らがするようなことは、俺なんかにも想像がつく。どうせ、小さな子どもに魔術入りの文書を持たせて、開けたところで手紙ごと爆発させるって寸法だろう。開けた途端、君も受け取り手も、まとめて一緒にドカンってわけだ」

 役人は自信ありげだった。だが、ルーツは合点がいかなかった。封筒を裏返し、そこに書かれていた名前を指差しながら言う。

「でも、この手紙の受け取り手って、魔術学院の総長ですよ? 僕ならともかく、そんな魔法に長けた凄い人が、手紙の仕掛けに気付かないなんて事、あるんですか? それに、どう考えても、部下の人が事前に開けて、確かめたりはすると思うし……」

「なあに、あいつらは低能だからそこまでは考えていなかったんだ」

 役人は適当な事を言った。そして、自分の言葉に自分で頷いた。おまけに、会話の矛先を、明後日の方向に放り投げてくる。

「とにかく、その手紙は危険なんだ。爆弾や毒物とそう変わりないんだ。だから、総長に渡すと言っている以上、返すわけにはいかない」

 それは、駄々をこねる子どものような無茶苦茶な言い分だった。訳の分からない理屈で押しとおろうとする役人に、ルーツたちは困り顔になる。

「しかし、渡さないと……頼まれてるし」

「だが、奴らは半獣人なんだぞ。君はそんな奴らにずっと騙されていたんだ。奴らは君の敵なんだ。今回の手紙が、安全だということをどう証明する? 奴らが小癪な手を使い、王都を混乱に陥れようとたくらんでいるのは間違いないんだ」

―――――――――287―――――――――

 妄想も此処まで来れば立派なものである。しかし、役人の主張の中に、無視できない問題が含まれているのも、また事実だった。ルーツは村人たちに、自分だけが人間という変な生き物なのだと教えられて育ってきた。つまりは、十一年間騙され続けてきたのだ。こんなに長い間、ルーツのことを騙しておいて――、今回、村長が本当のことを言った証拠がどこにあるというのだろう?

「……ねえ。何とかして返してもらえないの? 嘘をつくとか、騙すとかして」

 ユリに囁かれて、ルーツはうなった。村長たちの事を信じ切れず、迷っていた。それに、口先の言葉だけで手紙を取り戻せるとは到底思えなかった。

「だけど、どっちにしても、人の手紙を勝手に見るのは良くない事なんでしょ? じゃあ、取り戻す努力くらいはしなきゃいけないと思うんだけど」

 ユリは、役人に聞こえないよう、そう耳打ちしてくる。けれどルーツはそうは思っていなかった。それどころかルーツは、ユリとはまったく真逆のことを考えていた。

 ――見たい。あの封筒の中身を見てみたい。村長が本当は何を考えていたのか探ってみたい。本心を知りたい。

 役人から手紙を取り戻したいという思惑に限り、ユリとルーツは一致していた。しかし、戻ってきた手紙をどうするかについてはまた別だった。

 ――中身を見られて困るような文章なんて、書く方が悪いのだ。どうせ他愛もない内容なのだから、僕が一回見たところで、誰も損はしないだろう。

 ルーツはそう考えていた。

―――――――――288―――――――――

「……分かった。どうしても、この中身が知りたいっていうなら、ここで破いて読んでやる。それでいいだろう?」

 役人は、いまにも封筒を破ろうとしていた。

「待ってください」

 ルーツが慌てて言葉を遮ると、役人は二人を流し目に見る。

「もし危険な魔法が掛けられているなら、それこそ僕が開けるべきです。ましてや、あなたは本来関係ない人ですし……今ここで、僕が開けるのは駄目ですか?」

 ルーツの言葉に、役人は意外そうな顔をした。

「ここで開けるなら、まあ……でも、こういうのは、ちゃんとした大人が開けた方が安全だから、私が……」

「まさか中身を見たいなんて言いませんよね。ここで封筒を破るのは、危険な魔法が掛けられていないか、確かめるためなんですから」

 しどろもどろになる役人に、ルーツは追い打ちをかけた。ずいっと詰め寄り、まじまじと見た。すると役人は、ようやく諦めたようでルーツに手紙を返してくれる。

「どうするの? 逃げるの?」

 ユリは、押し殺すような声でルーツに言う。だが、ルーツは答えなかった。無視をしたまま、何も聞かないふりをして、封筒に手を掛ける。

「もし此処で爆発が起きたら君の責任だからな。一生かけて償うんだぞ」

 そして、役人の、脅しともとれる言葉も無視した。ビリッという効果音だけを残して封筒は開いた。中から、丁寧に折りたたまれた手紙が顔を出す。

―――――――――289―――――――――


 親愛なるレンバル殿へ

 昨今は生きづらい世の中になってきましたが、お変わりございませんか。南方の街では今年も不作が続いていると聞きました。昨年までの取り立て方針からして、農民たちは重い税に苦しんでいることでしょう。私からも税率の引き下げと、今一度使い道の検討を、どうかお願い致します。

 さて、話は変わりますが、今年は編入試験の年です。慣例通りこの度も、私どもの村からは男女を一名ずつ向かわせました。

 ですが、例年のような対策は取っていただかなくとも結構です。あれはお金の無駄でした。どんなにお金をかけたところで、汚い部分は目に触れてしまうものなのです。それに、乗り越えられない者は切り捨てる。私たちは、いつもそうしてきたではありませんか。若者にだけ、手を差し伸べる必要はありません。


 ここからは、他の誰にも見られることのないよう、周囲に注意を払ってから目を通してください。もし、あなたがレンバル殿でないならば、即座にこの手紙を畳み、元に戻し、レンバル殿に渡すようお願い致します。


―――――――――290―――――――――

 出てきた手紙は、何の変哲も無い物だった。要望が書かれているだけの三つ折りにされた簡素な文書。日常会話以上のことには何も触れられていない。最後の行に警告文のようなものが書かれているのが気になったが、そもそもそこは紙の一番下で、裏は白紙だった。どう考えても、書く位置を間違えている。

 編入試験のことか、税の引き下げのことか。どちらを隠したかったのかは分からないが、いずれにしても、全く興味を惹かれない一文だった。

「何が書かれていた?」

 探るように聞く役人に対し、ルーツは、ユリの警告を無視し手紙を読み上げた。その間、役人はずっと不快そうな顔をしていたが、ルーツが警告文らしきものを読み上げたところで、少し眉をひそめる。

「最後のはどういう意味なんだ?」

「書く位置を間違えたんでしょう」

 ルーツは率直な感想をこぼした。

 役人は納得がいかない顔をしていたが、調べても何も出てこないためどうしようもない。一介の半獣人が総長と親愛であるはずがない、と定型文に文句を言うだけ言うと、仕事の邪魔だとルーツたちを追い出しにかかった。

「見ていいものだったの?」

 ユリが聞くが、ルーツにも分からない。

「ユリ、ルーツ。編入試験のため訪問。認証ずみ。……早く帰れ!」

 機械音も、辛辣な声でルーツたちを追い立てた。

―――――――――291―――――――――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る