第3章
第24話 勇者たちの物語
「最低限の補充はしてありますから、後はよろしくお願いしますわね」
そう言って引き渡された既刊
異世界兄妹を含む四人組を見送った翌日から、わたしの連勤は始まった。
今回は実に十二連勤。ちょうど世間は夏季休暇で、ただでさえ忙しいというのに、なかなかに非情なお達しである。しかもそのうち三日は、開店から閉店までのオール勤務だ。寮住まいでなかったら、たぶん過労で倒れるやつ。
……ま、仕方がない。ヤスヤたちに付き合っていた分は、休暇半分みたいなものだったんだし。
そして仕事というものは、休んでいた分が消えてなくなるわけではない。同じ量が前後に押しのけられ、振り分けられるだけなのだ。やらねば終わらぬ。最低限でも処理してくれていただけ、副店長たちには感謝感激だ。
……それにしても。
「恨むべきはこの山よ……」
「すごい量ですね。これが全部、漫画本なんですか?」
「そうなんですよ。でもこれでも入荷の三分の二くらいにはなってて……ってヴァルくん!?」
普通に答えそうになって盛大に驚く。見下ろしたそこには、ここにいるはずのない子どもが、興味津々に補充の山を眺めていた。
「なにしてるんですか、関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
「城主は関係者みたいなものでしょう」
「それが通じるのはわたしだけですからね?」
ハンスや
慌てて追い出そうとしたけれど、「この身体なら任意で消せるのでお気になさらず」と笑顔で宥められてしまう。くっ、この神出鬼没さだと嘘か本当かわからない!
迷ったものの、真偽を確かめようのないことにかかずらっている時間ももったいない。かと言ってこの小さな頑固者を追い出すのも手間がかかるので、結果、諦めてしまうことにする。わたしは信じるからな、きみの言葉を。
邪魔だけはしないよう言い含めて、わたしは自分の仕事に取り掛かった。
「いろいろな作品があるんですねえ」
普段、革装丁の重厚な本ばかりを相手にしているヴァルくんの目には、小さく軽い漫画本は、ひどく物珍しく映るらしい。わたしが仕分ける隣で、カラフルな表紙を覗き込んではふんふんと頷いている。
そんな彼が、不意に「おや」と目を留めた。なにかと見れば、そこにあったのは人気の青年漫画『ユウタロウ・サーガ』だ。
「これは……もしかして、あの男が主人公の話ですか?」
「ああ、そうですね。勇者ユウタロウを題材にした作品は、やっぱり多いですよ」
一番の有名どころは、当時の吟遊詩人が遺した『勇者叙事詩』だろう。中等学院の教科書にも載っているし、副店長のごひいき、フロイデ歌劇団の舞台はロングラン公演されている。
その他にも小説、漫画、児童書、絵本と展開は幅広く、年齢層が上がるにつれ、内容やアレンジも多様になる。最近では敵側……つまり魔王側に焦点をあてた作品も出始めて、それも加減すればいいものを、魔王崇拝・悪魔崇拝を取り締まる聖騎士団との間で悶着を起こす作者まで出る始末だ。炎上商法だろうと、ウェブ上では悪しざまに叩かれていたけれど。
そんなことをつらつらと話しながら、補充本に梱包魔法をかけては、作品・レーベルごとに分けてラックに並べていく。その矢先、大人しく聞いていたヴァルくんが、ふと『ユウタロウ・サーガ』の一冊を取り上げた。
「ふうん……ずいぶんと美化されて伝わっているんですねえ」
「あっ、ちょっと! それ売り物なんですから、勝手に中を見ないでください!」
手垢がつく!と注意すると「魔力人形に手垢なんてありません」なんてしれっと言い返される。それでもノドが開いたりページが折れたりしたら、と焦るこちらの気も知らず、ぱらぱらと流し見しながらなおも呟く。
「勇者ユウタロウに聖女リタ……ふん、残りの二人は戦士と盗賊、ですか。これもまた、わかりやすくまとめられて。……ほう、リリムまで」
「もう、ダメですよ! 読みたければちゃんと買ってから! です!」
頭上から『ユウタロウ・サーガ』を没収されたヴァルくんは、不満げに睨み上げてくる。それでもわたしが引かずにいれば、やがて諦めたように肩を竦め、近くの椅子に腰を下ろした。勝利。
「……じゃなくて、なんでそこに居座るんですか」
「お人好しを働いた挙句その皺寄せに四苦八苦している誰かさんの有様でも、ゆっくり楽しもうかと思いまして」
「ひどく滑稽なんでしょうねえ、その誰かさんとやらは!」
揶揄に付き合う形で返答すると、「ええそうですね」なんて笑いおる。相変わらずの腹立たしさだ。もういい、自分の仕事しよう。
そうして黙々と作業を進める間も、観察するような無言の視線が追ってくる。非常に居心地が悪い。それでもしばらくは抗っていたけれど、悲しいかな、先にそのプレッシャーに負けたのはわたしのほうだった。
「……魔王さんは、勇者さんたちに直接、会ってるんですよね? 美化しない彼らって、どんな人たちでした?」
ちらりと目線と問いかけを向けると、ヴァルくんはゆっくりと瞬いた後、こてんと小首を傾げてみせた。
「勇敢さだけは、確かにありましたがね」
「が?」
「……あの男に関しては、なるべくしてなった勇者、という感じでもなかったですよ。流されてそこまで来た己を恨んでいるようでもありましたし、それでいて私に屈することも決してよしとせず……。反吐が出るような性善説だけは、飽きもせず延々と繰り出していましたが」
「うわあ、辛辣」
ついつい呟くと「魔王ですから」と唇の端で笑う。そうだった。
「じゃあ、〈聖紋〉の聖女さまは?」
「あれを聖女と伝えているのが不思議なくらいです。確かに〈聖紋〉を有する娘ではありましたが、勇猛果敢さで言えば抜きん出ていましたよ。鎧を着込んで剣を掲げ、私に最初に斬りかかってきたのも彼女でしたし」
「うわ聖女さまつよい……。じゃあ、ジャックとズーズは?」
「ジャックとズーズ?」
「
神聖化待ったなしだった勇者と聖女に対し、仲間の二人は、割と大衆的な描かれ方をすることが多い。身近なヒーローといった印象で、より親しげに、名前で呼ぶことが定着している英雄たちだ。
ああ、と呟いたヴァルくんは、実に嫌そうに眉を寄せる。
「あの二人は厄介でしたね……山羊頭の獣人は、怯えていたかと思うと死に物狂いで突っ込んでくるし、悪戯妖精は脈絡のない変身を繰り返すし。なぜあんなにも統率のとれない面々を送り込んできたのか、向こうの正気を疑いましたよ」
物凄い言われようである。わたし結構、あの二人は好きなんだけど。特に山羊頭のジャックは、不慣れな勇者を支える堅実な人物像が多くて憧れもあった。
だから少しだけ、悪戯心を出して相手をつつき返す。
「でも結局、負けちゃったんですよね。その面々に」
「……統率がないということは予測がつかないということです。貴女にもわかるように言うと、このぼく相手にしていた行動が、元気な普通の五歳児相手に通用するかという話です」
「うっ……それは……無理ですね……」
予測のつかないものを相手にする心労は、確かにわたしにも理解できる。幼児も異世界からの勇者も、きっと、考えが読みにくいという点では同じようなものだったのだろう。一気に気の毒になってきた。
そんな時、売場に繋がる木製ドアが、向こう側からノックされた。続いて開いたそこから顔を覗かせたのは、ニンジンもかくやの赤毛頭。バイトのハンスだ。
ハンスは「ユッテさん」となにかを言いかけ、きょろきょろと辺りを窺って首を傾げる。つられたフリでわたしも見回したが、黒髪赤眼の子どもの姿は、影も形もなく消えていた。……望んではいたけど、まさか本当に消えるとは。
「……今、誰かと話してました?」
「いやまさか。独り言なら少しあったかもだけど」
「えっ、なんすかそれ寂しい……」
「余計なお世話。それより、なにか用じゃなかったの?」
年下のアルバイト、という以上に彼自身のキャラクターのために、自然と言葉も雑になる。それも特に気にしないハンスは、「そうそう」と思い出したように頷きわたしを見た。
「たぶんなんですけど、ユッテさんにお客さんっすよ」
「はい? たぶんわたしに?」
なんじゃそりゃ、と思うと同時に、嫌な予感が這い上がる。……ここ最近、このパターンで厄介事が起こらなかった試しがない。
思わず顔を顰めたわたしに、ハンスは「驚かないでくださいね」と念を押す。
「なんと、天使のような美少女です」
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