第4話 城内探検その1
四日間に及ぶ魔王討伐百周年記念祭は、無事、大盛況のうちに幕を下ろした。
それ相応に忙しく、それ相応に売り上げもよく、それ相応に面倒なお客も多かった四日間を終え、わたしはようやくの休みを手に入れた。ようやくの自由、ようやくの平穏。なんて素晴らしい連休明け!
……だというのに。
「おはようございます、ユッテおねえさん。ぼくのおねがい、ちゃんときいてくれましたね」
にっこり笑う子どもを相手に、わたしは朝から溜め息をつく。
休日のはずの今日、わたしはけれど、職場にいた。「ぼく、ここじゃないとわかんないです。むかえにきてください」なんてあざとい上目遣いをされたところで、もはやこちらを嘲っているようにしか見えないのだけど、断り切ることもできなかったのだ。なんせ圧がすごかった。
……本当なら今頃、部屋に篭って、スモモのジャムを作ってたのになあ。
先日、レジの
連勤中のストレス発散の機会を奪い去ってくれた張本人を前にして、けれど、自分が決めたことでもあるのだからと、少し思い直す。
……城内の案内くらい、すぐ終わるよね。さっさとすませよう。
世界征服を手伝えとか言われたなら通報待ったなしだったけれど、たかが城の案内だ。丸一日わたしが付き合えばすむのだから、今日だけなんとか我慢しよう。
うん、と頷いてわたしは歩き出す。
「それじゃあ、行きましょうか。まずはこの北館からです」
北館は、そのまま敷地の北側にある建物だ。
商業テナントがぎっちり入っている本館とは異なり、元は魔王の私的空間とされていたことを活かしての観光見学ルートとしての色が強い。
「お店として機能しているのは、うちと一階のレストランくらいですね。二階と四階は、かつての絢爛豪華さを伝えるように、そのまま保存されているらしいです」
歩きながら軽く解説すると、黒髪の子どもは「そのまま、ですか」と呟いた。
そして薄く、笑ってみせる。
「どう『そのまま』なのか、楽しみですね」
そんな自称・この城の城主さまの御希望で、四階を残して、先に他を回ることにする。つまりは下からだ。
本館から列柱回廊でつながる二階には、魔王の執務室と応接室、そして特別なゲストルームがある。すべての扉と本館への回廊、上下階段をつなぐホールには、複雑な模様の絨毯が敷かれ、艶々に磨かれた調度品と花が飾られ、繊細な造りの照明が光を投げかけている。各部屋へ行き来するための、いわば廊下の延長のような場所ではあるが、重厚かつ気品あふれるその様は、魔王の城にふさわしく思える。
連休明けとはいえまだお客がそこそこいる中で、ホールをぐるりと見渡した子どもは、「わあ」と楽しげな声を上げた。
「すごいですね、とっても『そのまま』です」
「その心は?」
どうせ皮肉の類いだろうとカマかけ交じりに問い返すと、案の定、紅い目がすっと細くなる。
「私の衛兵と魔導兵があの男の仲間に焼き払われた場所とは思えないほど、その痕跡を消し去ってくれていますね。これで『そのまま』とは笑わせる」
「…………。まあ、せっかくなら戦闘痕よりは綺麗なものが見たいですよね。それじゃあ応接室から回りますか?」
変わり身の早さにも慣れてきたなぁなんて逃避気味に思いながら、先に立って歩き出す。応接室は左の扉だ。その前で振り返ると、ちゃんとついてきていて、少しほっとする。
応接室にあるのは、とても一般的な応接セットだ。落ち着いた色調で統一され、ホールからひと続きである印象を与える。壁を飾るのはおどろおどろしい風景画で、なんとも言えず魔王城っぽい。家具や絵画の周りには紐と魔法で結界が張られ、女性の案内係が立っていて、まるで美術館のようだといつも思う。
「ここでもなにかありました?」
「……略奪には遭ったようですね。確かに雰囲気は残されているようですが、調度も絵画も、当時のものではないものばかりです」
「あー、百年の月日は長いですね。じゃあ次に行きましょうか」
不愉快そうな自称魔王さまを真正面から相手にするほど、わたしは面倒見がよくも無謀でもない。適当な相槌を打って、先を促す。
その後、執務室とゲストルームも回ったけれど、どちらも応接室と同じような反応だった。いろいろと仕込んであった隠し武器や隠しアイテムもすべて持ち去られていたらしく、「勇者も夜盗も変わらないですね」と最後には呆れていたようだ。
二階の次は、一階に下りる。
一階に広々と作られてあるのは、かつての会食ホールを改装したレストラン〈正餐の間〉だ。お昼時を前にして、天井近くの窓から光が降り注ぐ店内には、すでに何組かのお客が入っているのが見える。
「もともとはひとつの長テーブルだったところを、客足を考えて四人掛けのテーブル席いくつかに分けたらしいです。雰囲気がいいので、カップルやご夫婦に人気らしいですよ」
長大なテーブルがあった頃の光景は、立派な絵画となって残っている。十メートルはありそうなテーブルの上には燭台や花、不気味な料理が並び、上座にあたる一番端には、わざと不明瞭に描かれた魔王の姿がある。魔王崇拝防止のため、曖昧な表現しか許されていないのだ。
その絵は店内壁面に飾られて、今のように外から覗く分にはよく見えない。わたしが見たのも、以前、副店長に誘われて来た時だけだ。
けれどそれを思い出して、わたしはふと、足元の子どもを見下ろした。
「魔王さまはいつも、こんなところで、一人でご飯を食べていたんですかね?」
豪勢だけれど、ずいぶん寂しそうだ。そんな風に思ってしまったわたしに、子どもは首を傾げ、軽い動作で肩を竦めた。
「会食で使うのに、一人なわけないでしょう。昔はそれなりに、ヒトの出入りがあったんですよ、この城も」
「……なるほど。軍勢がいるくらいなら、ご飯のお供もいたわけですね」
城主たる魔王の討伐から百年たった今の姿しか知らないわたしには、当時の光景を、うまく思い浮かべることができない。これまで見てきたようにある程度、形としては残されているし、資料や解説もたくさんあるけれど、どうも『魔王城の日常』というものが想像できないのだ。
……魔王とはいえ、一緒にご飯を食べる相手はいたんだな、と思うと、なんだか不思議な気分である。
そうしていた時、西の時計塔の鐘が鳴った。昼十二時だ。それを聞いていた黒髪の子どもが、小さな両手でお腹を押さえ、大きな両目でわたしを見上げてきた。
「おなかがすきました! ぼくも、ごはんがたべたいです!」
「ああ、そうですね。え? お腹空くんですね?」
「ぼくのおなかがすいたら、へんですか?」
「……いや、見目の通りの子どもだと思えば普通ですよ。それじゃあ、本館のフードコートに行きましょうか」
平日の昼間から、こんな立派なレストランで食事するような収入はない。
そんなこちらの懐事情も知らず、「えー、ここでたべるんじゃないんですか?」なんてゴネる子どもの背を押して、わたしは本館へと足を向けた。
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