爪を噛む




突発的に

衝動的に

血が上り

何も考えられなくなった頭と

その実考えてばかりの心の

ただ一つの救いのように

目の前にぶら下がる

首を括った希死念慮

君がそこにいるということは

僕もそこへ行っても良いということなのか

問うてみても

死が充満した部屋の壁を上滑りするだけで

得たい答えが返ってくることなどなく

淡々と冷酷に時を刻む時計が嘲笑う

夜だけが心配そうに見つめているが

いずれは朝の日に飲み込まれて

消されてしまうことを知っている

朝の日に触れられたら蒸発して消えてしまえる

そんな自然の摂理があればいいのに

夜のように消えてしまえたらいいのにと

嘔吐したところで浄化などされない吐瀉物を

部屋着のように纏っている亡霊の囁く声は

望郷を想うような懐かしさの匂いがしたから

昼のうちに買っておいた牽引ロープを首に巻いて引き上げた

ゆらゆら揺れながら

苦しみから解放されたようなその表情は

まるで赤子のようで

まるで老人のようだった

僕を締め付ける軟弱な糸は

生きなければいけないという緊張感で

それだけでは首を括るにはあまりにも頼りなく

赤子にも老人にもなれない僕は

いつまでも目の前にぶら下がり続けている

希死念慮という名の君と

生きたかった理想の僕の亡霊の手を繋がせた

揺れる二人の影が伸びる部屋は

いつまでも死が漂っているが

夜に染まればそれなりの心地良さで

その温もりに包まれて眠りにつけば

いつまでも眠っていられるだろうと思った

朝など無視して

昼など置き去りにして

夕暮れ時に目を覚まし

痛い程に赤く染まる空を見ては黄昏れ

ふう、と息を吐けば夜が来て

ゆらゆらと手を繋ぎ揺れる二人を眺めては

その温もりに安堵してまた眠る

その繰り返しの果てに終わりのない眠りが

訪れてくれればいいと爪を噛み

いつまでも降り続ける優しい雨に祈った










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