映画と本と。

 『命の花』が僕の胸に現れた翌日。朝起きて、胸を見てみると、確かにカウントダウンは始まっていた。スイレンのような花の上に浮かんだ数字は「179」。


「……本当に、僕の命、あと半年なんだ」


 ポツリと呟いた言葉には、あまりにも現実味がなくて、どこか空虚に思えた。


「椋介が、自分の本当の願いを見つけられなかったら、な」


 オルカはそう補足ながら、羊皮紙のようなものに羽ペンで何か書きつけていた。相変わらず宙にふわふわと浮いている。今更ながら、書きづらくないんだろうか、あれ。


 まだ敷いたままの布団の上で大の字になった。天井の丸形蛍光灯は、朝日に役目を奪われて灰色になっている。中心から伸びている紐の先をぼんやりと眺めた。なんだか頭が空っぽだ。僕の頭の中も、丸形蛍光灯みたに、光を失って灰色になっている気がする。


 僕の命はあと179日。今日は12月17日。昨日の夜、試しに計算してみたら、僕の命日は6月5日になるようだ。そういえば、部屋で首を吊ろうとして、オルカが初めて現れたのもそれぐらいの時期だったっけ。


 なんと言うか……死ぬ実感がない。


「自分の余命知った人間の反応は色々や。椋介と同じような奴もおったな」

「……もしかして、声に出てた?」

「しっかりと」

「マジか」

「それにしても、おかしなやっちゃな。いっぺん自分で首括ろうとした奴が、いざ別の形で死を目前にすると実感が湧かんっちゅうのも」

「そうかもね」


 既に遠い昔のことのように感じるし、あのときの、制服のネクタイで作った輪に首を通す瞬間の気持ちも思い出せない。でも、そうか、あれからまだ半年しか経っていないんだ。


「半年って、けっこう大きいんだね」

「何がや」

「あの時のこと、ずーっと昔みたいに感じるんだ。オルカがいる生活だって、すっかり当たり前だもん。でも、まだ一年経ってないし、僕はまだ17歳にもなってない」

「まぁ、人間にとっては大きいかも知れへんな。俺にはよう分からんけど」

「悪魔だもんね」

「せや」


 僕らは小さく笑いあった。


 今日は土曜日。学校は休みだ。と言っても、何をするわけでもない。このまま寝てしまって、昼過ぎまで惰眠を貪り続けてもいいし、図書館に行ってもいいし、散歩に行ってもいい。そういえば、スーパーの中にある10畳程度の文房具店は、本屋も兼ねてるんだっけ。図書館で借りるばかりではなくて、たまには買ってみるのもいいかもしれない。普段ほとんどお小遣いを使わないから、本を数冊買う程度のお金は十分にあった。


 地元だったら、電車に乗ってひとつ、ふたつ駅を行けば、ここよりもずっとたくさんの娯楽施設があるし、本屋だってここのスーパーくらいのサイズがある。映画館だってあった。ここは映画館がある施設まで、車で1時間はかかるだろう。ひとりでそこまで遠出するのも味気ない。こういうとき、この町は本当に田舎なんだな、と感じる。内田君に聞いた話だと、国道沿いにコンビニがあるだけでも、かなりいい方らしいけど。


「テストも終わって勉強もひと段落すると、本当にやることないや」

「せやな」

「……今日は何しよう」

「内田君誘ってどっか遊び行ったらええんちゃう?」

「え?」

「せっかくの何もない休みやし、内田君も友達いーひんって言うとったやろ。それに、椋介が暇しとるように、内田君も暇しとるんちゃう?」


 言われてみれば、確かにそうかも知れない。僕は寝転がったまま充電が終わったスマホを取って、内田君にライムを送ってみた。


「今日もし暇だったら、どこか遊び行かない?」


 送った瞬間に既読が付いた。


『よいぞ!』


 そして一時間後、僕らは駅のホームに来ていた。そして、内田君だけじゃなく、千田さんに、大川さんも。


 この町のホームは小さい。地元の駅のホームは100メートル以上はあって、ホームもひとつだけでなく、4つ以上はあったし、小さなところでもふたつはあった。でも、この町は違う。50メートルほどのかまぼこ型の石の上に、小さな待合室、4つのスチール製のベンチ、申し訳程度の雨除けの屋根があるだけ。しかもホームはここひとつ、線路がその両側にひとつずつ。地元の人には失礼だけど、初めてこれを見たとき、本当に電車が来るのか疑わしく思った。


「いやぁ、秋山君から遊び誘ってくれるなんて、珍しいね」

 内田君がそう言いながらホットのカフェオレを飲んでいた。

「ありがとねみんな」

「なんのなんの。どーせ俺も暇だったし」

「あたしも特にすることなかったし」

「テスト終わりって一気にすることなくなるもんね」


 内田君の提案で、映画を観に行くことになった。ここから電車(厳密にはディーゼルエンジンで走る気動車だ。町民も汽車と呼んでいる)で1時間。更にバスで20分行けば、けっこう大きなショッピングモールがあるらしい。そこなら映画館もあるとのことだった。僕以外の3人は、とりあえず近くの大きなショッピングモールと言えばそこらしい。


「やっぱり、色々と遠いんだね」

「秋山君が住んでたとこだとどうだったの?」

「電車で一駅二駅行ったらあった」

「やっぱ都会~」


 大川さんがそう言って笑う。初めて私服の大川さんを見た。薄青のセーターに茶色のコート、ブルージーンズにコンバースのスニーカー。髪はいつか見たようなハーフアップで、木星の形の飾りが付いていた。なんか、すごい新鮮だ。それに……、うん、可愛いな、と思った。


「よかったなぁ椋介。結希ちゃんの私服姿見れて、ん?」

 僕のすぐ隣で、オルカがからかうように笑う。返事ができるなら、「うるさい」と言って押しのけたい。

 そうこう言っている間に、三両しかない汽車がやってきた。


- - -


 汽車に揺られて1時間、バスに揺られて20分、ついにこのあたりで一番大きなショッピングモールに到着した。五階以上はある建物に、広い平面駐車場に立体駐車場。地元のものと比べると少しだけ小さい気がするけど、確かに立派なショッピングモールだった。


「よっしゃ、映画何時からだっけ?」

「えーと……1時15分からだね」

「じゃ、先にチケットだけ買って、時間来るまで別行動でどうよ?」

「えー、内田君あたしらの買い物付き合ってくれないの~?」


 千田さんが残念そうな声を上げる。なんとなくからかうような、ふざけるような響きだったけど、その中にほんの一掴み、本心から言っているような気配があった。いや、言い過ぎかな……千田さんが内田君のことを好きなの知ってるから、そう感じるだけかも知れない。


「だって女子の買い物って長いじゃん。それに、どうせ男なんてだいたい荷物持ちだろ」

「そういうこと言ってるとモテないぞ」

「別にいーもん」


 その様子を見て苦笑する大川さんが、「じゃあ二人はなにするの?」と言った。


「んー、そういえば映画見ようってだけ言って、あと何も決めてなかったな」

「僕は……そうだなぁ、本、見たいかな」

「あ、私も!」

「えー、結希、服見ないの? GUの新しい可愛いやつ出たじゃん」


 大川さんは少し困ったような笑顔を浮かべた。


「んー、ごめんね彩花。私、服は今いいかも。この前お姉ちゃんと来た時、新しいの買っちゃったし」

「じゃ、俺はゲーセンにでも」

「ちょい待ち内田君!」


 しれっととその場を退散しようとする内田君の腕を、千田さんががしっと掴む。漫画みたいに擬音が見えそうなほどの勢いだった。


「こういうとき、女の子をひとりにするもんじゃないよ? ん?」

「……服屋のレディースコーナーに男がいる状況って、なかなか気まずいんですが」

「周りのお客さんは彼氏だと思うって」

「それもそれでなんかなぁ……」


 尚も渋る内田君。助け舟を出すように、大川さんが手を合わせた。


「内田君、私からもお願い。彩花に付き合ってあげて、ね?」


 それでようやく内田君が折れた。僕らは最上階にある映画館の券売機でチケットを買って、服屋を巡る千田さんと内田君、書店へ行く僕と大川さんというペアになった。ちなみに、千田さんはちょっと拗ねたような表情を浮かべていた。


「彩花、ちょっと不貞腐れてたね」


 大川さんはそう言ってふふっと笑った。


「もしかして、一瞬拗ねたみたいな顔してた、あれ?」

「そうそれ。自分がいくら言っても渋ってた内田君が、私が言ったらオッケーしたからかな」

「あぁ……なるほど」

「でも、実は私ね、新しい服買ったなんて嘘なんだ」

「え?」


 それは僕と本屋に行きたかったから……なんて訳もなく。


「彩花を内田君と行動させてあげたかったの。あの子、素直じゃないから」

「大川さん、すっごいファインプレー」

「でしょ? 二人には内緒ね」


 そう言って悪戯っぽく笑う。つられて僕もちょっと笑う。でも内心、微妙だった。好きな相手が自分に都合のいいように考えているとか限らないってことか……あ、なんか、千田さんの気持ちが分かったかも知れない。


 ポケットのスマートフォンがブー、ブ、ブとライム特有のバイブをした。見てみると内田君だった。メッセージ画面には一言。


『頑張れよ!』


 立て続けに、ボクサーの格好をしたマスコットのクマのスタンプがきた。


 さて、大川さんとふたりで行動できるというのは嬉しいけど、一度書店に入れば女の子よりも本への興味が勝ってしまうのが、本好きの性というもので。


「おお……広い」


 僕は思わずそう呟いていた。地元の書店に比べれば少し小さいけれど、本の量は遜色ない。壁一面の本棚にぎっしりと詰まれた本。図書館のように分類分けのプレートがあちこちに立てられている。平積みにされた文庫本やハードカバー。人気コミックのアニメ化記念というのぼりと、プロモーション映像が流れるモニター。やっぱり書店はこうでなくちゃ。


「あ、あのアニメ、私が好きな漫画のやつだ」

「あそこで流れてるやつ? どんな漫画なの?」

「鬼退治の話。ジャンプで連載してるの」

「ジャンプか、僕読まないなぁ。漫画も知らないし。面白いの?」

「めっちゃ面白いよ。超人気作品だから。秋山君、漫画読まないの?」

「あんまり……」

「そんな感じするかも。いっつも難しそうな本ばっかり読んでるもんね」

「難しそうかな」

「難しそうだよ。この前も、なんだっけあれ……なんか、タイトルに色が入ってたやつ」

「もしかして、『時計じかけのオレンジ』?」

「そうそれ! 私は児童書のファンタジーとか、日本人のミステリとかが多いし。秋山君はザ・文学少年って感じ」

「そうかなぁ……」


 僕はちらりと、隣に立っているオルカを見た。


「イマドキの高校生の本棚に『レ・ミゼラブル』や『リア王』は置いてないやろな。『雨月物語』は俺もビビったで」


 そうなのか。でも、そうなるといい機会かも知れない。


「じゃあせっかくだし、大川さんセレクションの漫画とか、小説とか、ない?」

「え?」

「いやほら、自分だったら触れないジャンルとか、友達に教えてもらったものなら、なんか読めそうな気がするんだよね」


 なんてことのない会話のはずなのに、友達、という言葉のところで、胸に何かがつかえたような違和感を覚える。僕はそれを無理やり飲み下した。


 大川さんはとても嬉しそうな表情を浮かべて――実際、見とれるくらい嬉しそうな笑顔だった――僕の腕をぐいぐいと引っ張った。それだけで、体が硬直するのを感じた。


「じゃあ、私の好きなミステリから教えてあげる!」


 僕は引っ張られるまま、『邦人作家』のプレートがかかった本棚へと向かった。


- - -


 12時頃、僕らは3階にあるフードコートに集合していた。僕は大川さんに教えてもらった漫画を二冊、本を二冊、自分で選んだものを二冊、大川さんは三冊買っていた。高校生の出費としては大きいけど、普段ほとんどお金を使わないから何も問題なかった。


 千田さんは内田君を連れてとても楽しかったようで、集合したときにはウキウキとした表情をしていた。内田君は疲れたような表情をして、両手に服屋のロゴが入った紙袋を提げていた。どうやら本当に荷物持ちもやらされたらしい。僕は心の中でそっと手を合わせた。


「やっぱ土曜日の昼は混むね~」


 千田さんは人がごった返すフードコートを見回す。テーブルはほとんど全部埋まっていて、四人掛けの席を見つけられたのはかなりラッキーだった。


「俺ら待ってるから先買ってきなよ」

「じゃ、お言葉に甘えて! 結希、なに食べたい?」

「ん~……うどんかなぁ」


 千田さんと大川さんはそう話しながら、うどんのお店の前へ歩いていく。二人が離れていくと、内田君はがっくりとうなだれた。


「ほんと、疲れた……」

「お疲れやで内田君」

「お疲れ様。けっこう連れ回された感じ?」

「それもあるけど、待ち時間がなげーのなんのって……なんで女子って、ああ何件も回って服見て疲れないんだろうな……やっぱ理解不能だぜ」


 確かに、と僕は返す。実家にいた頃、妹の買い物に付き合ったときは、服屋を巡る様子に何とも言えない力強さを感じたものだ。もちろん、その間僕はぼーっと座って待っているだけだ。そして、何か買えばもちろん荷物持ち。


「ところでさ、大川さんとはどうだったよ?」

「別にどうも。オススメの本とか漫画教えてもらって、僕も教えて、それぞれ好きなの買ったくらい」

「は~、平和だなぁ。でも、共通の趣味ってのは大きいよなぁ」

「まぁ、ちょっと緊張するけど、本の話題なら話しやすいかな」

「だろ? で、大川さんと距離感はどうなのよ」

「う~ん……たぶん、そんなに……かなぁ」

「せやな。ただの本好きの友達、くらいの認識やろな」


 隣からオルカもそう付け加えた。そうこうしているうちに女子二人が戻ってきて、入れ替わりに僕らも食べ物を求めて席を立った。特に食べたいものも決まってなかった僕は、内田君と一緒にラーメンを買うことにした。戻ってみると、千田さんはオムライス、大川さんはうどん、僕たちはラーメンという取り合わせだった。


「あー……そろそろ時間だな」


 内田君が腕時計を見ながら言った。時間は一二時五〇分だった。


「みんなポップコーンとか買う人? 俺は買う」

「あたしも買う!」

「僕はいいかなぁ。いまラーメン食べたし」

「私もお腹いっぱい」

「二人は食が細いよねぇ」

「彩花は食べ過ぎ。それでも全然体型変わらないのが凄いと思う」


 映画館に移動すると、ポップコーン売り場には既に長蛇の列ができていた。さすが土曜日。休日は混むというのは、どこも同じらしい。


「入場時間まではまだあるよね。じゃ、パパッと買ってくるね~」


 千田さんはそう言うと、内田君と一緒にポップコーン売り場の列に加わった。僕と大川さんは、ロビーにある四角形のソファに座って二人を待つことにした。


「内田君、彩花にけっこう連れ回されたっぽかったね」

「あぁ、うん。ちょっとげんなりしてた気がする」

「でも彩花がすごい嬉しそうでよかった」


 大川さんは列に並ぶ二人を見て、優しそうに目を細める。千田さんはニコニコしながら何か話して、内田君は目も合わせず相槌を打ったり何か言ったりしているが、スマホをいじることはしなかった。内田君はそういうところ義理堅い。


「彩花って凄く分かりやすい気がするんだけど、内田君気付いてないのかな」

「人の考えてること察するのは上手いけど、自分に向けられる好意には疎いんじゃないかな、もしかすると」

「あー……なるほど、なんか分かるかも。良い意味で周りを気にしないというか」

「今はそれが裏目に出てると」

「そ。まぁ、私も彩花からはっきりと内田君が好き、って聞いたわけじゃないから、もしかしたら私が深読みしすぎてる可能性もあるかも」


 大川さんは小さくため息をつく。


「なんか、恋って難しそうなんだね」

「そういえば秋山君、恋愛したことなかったんだっけ」

「うん。今まで気になる女の子とかいなかったから」

「今はちゃうけどな」


 後ろでオルカがぼそっと呟く。


「まぁ、難しいんだろうね。好きな相手が自分のこと好いてくれてるとは限らないし。中学のときの友達で、男子にすっごいモテるんだけど、自分が好きな男の子に限って自分を好きになってくれない子もいたし」


「へぇ……」


 それまで遠くの二人を見ていた大川さんが急にこっちを振り向いた。僕は普通の顔をするように努めたけど、内心ドキッとした。


「ね、秋山君、お願いあるんだけどいい? さっき映画館の座席番号見たら、彩花と内田君、端と端だったの。二人が隣になるように、私たち先に座ろうと思うんだけど」


 大川さんは僕の目をまっすぐ見てそう言った。それはもちろん、僕にとっても願ってもない提案だった。二人がポップコーンと飲み物を買って戻ってくると、ちょうど僕らが入場するシアターの入場時間になった。


 僕と大川さんはそれとなく先頭を歩いて、打ち合わせ通り四人並んでいる席の一番端に並んで隣同士に座った。


「あれ? 秋山君そこ席違うんじゃない?」


 意外にも、そう声をかけたのは千田さんだった。


「あぁ、うん、そうだけど、僕たち横並びだし、まぁいいかなって」


 これも打ち合わせ通り。千田さんはそれもそっか、と納得した様子だった。そして、端から僕、大川さん、千田さん、内田君という並びになった。


「はい、ちょっとすみませんね」


 ジーンズに派手なスタジャンを着た背の高いおじさんが、僕らの前を横切って、空いていた僕のもう片方の隣に座る。大川さんと千田さんはトイレに行くためだろうか、二人並んで席を立った。内田君はニヤニヤ笑いながら僕の方へ歩いてくる。


「秋山君、けっこう頑張るじゃん。でも、ちょっと強引かもな」

「そうかな、あはは」


 本当は大川さんと打ち合わせしたんだけどね。


「せやな、確かにちょっと強引やわ」


 僕の隣から、聞き慣れた関西弁の声が聞こえた。僕と内田君は一瞬フリーズし、勢いよく隣を見た。たぶん、全く同じタイミングで見て、全く同じタイミングで驚いた。


 そこには、見慣れたいつもの顔があった。ジーンズに派手なスタジャン、そして超が付くほど美形の若い男。


「ええっ!? オルカ!? え、でもさっきは全然違う人で」

「っていうか悪魔さん、あんたさっき千田さんや大川さんにも見えてたよな!? どういうことだよ!?」

「あぁ、言い忘れてたけど、俺は見た目も変えられるし、人に姿見せるか見せへんかも自分の意思で決めれんねん。この席、ちょうど空いてたしな」


 驚いている僕らをよそに、オルカはのん気な笑顔でカラカラと笑っている。姿を消せるのは知っていたけど、そんなことまで……。


「ちゅうわけで、映画は俺も楽しましてもらうで、よろしゅー」

「ほんとに……何でもアリだなあんた」

「そら悪魔やから、ほな」


 そう言うと、いつの間にかオルカはまた見知らないおじさんの顔になっていた。おかしい。いつ変わったのか分からなかった。ずっと見てたのに。


「……秋山君、二人が戻ってきたら俺らもトイレ行こうぜ」


 内田君がちょっと呻くようにそう言った。


- - -


「あー面白かった! やっぱトム・クルーズはイケてるよねぇ!」


 千田さんは大満足といった様子だ。スパイもののアクション映画は千田さんと大川さんの希望だった。


「このあとどうずる? まだ4時前だけど」

「あ、じゃあせっかくだし、プリクラ撮ろうよ!」


 千田さんがニコニコしながら提案する。


「え? いいよあんなの」

「あんなのとは何よ内田君。せっかく四人で遊びに来たんだし、思い出にさ」

「いいじゃん。私も賛成」

「いいじゃん内田君」

「ええやんか、友達との思い出はたくさんとっとくもんやで~」


 大川さんと僕、そしていつの間にかいつもの姿に戻っていたオルカの勧めもあり、内田君は渋々了承した。ゲームセンターに何台も並ぶ白い箱には、僕たちと同じように、友達と遊びに来た高校生や中学生がたくさんいた。ひとつの箱に乗り込む。四〇〇円とのことだったので、独り一〇〇円ずつコインを入れる。


 いざ準備に入ると、主導権は完全に女子のものだった。二人はあれこれと楽しそうにフレームなどを選び、僕たちは蚊帳の外だ。


「ほらほら並んで! っていうか内田君、遠いよもっと寄ってよ、それじゃ秋山君が見切れちゃうって!」


「だぁーもう、なんでプリクラ機ってこんなに狭いんだよ!」

「俺も映ってええんやな? めっちゃええ顔で映ったるわ!」

『いくよー! 三、二、一!』


 パシャ! という軽快なシャッター音が響いた。


 出来上がったプリクラに、これまた千田さんと大川さんが落書きをしたり、スタンプを入れたりして華々しくしていく。配られたプリクラには、加工されてちょっと不自然な顔だけど、楽しそうに笑う四人の男女と、その中央後ろで顔の部分が見事にスタンプで隠された男が映っていた。


「なんで俺の顔隠すねん! めっちゃええ顔したったのに!」


 そりゃまぁ、君の顔見えないんだから、しょうがないでしょ。


 長いようで短い一日が終わった。帰る頃には五時を回っていて、冬のため辺りはもう真っ暗だった。またね、とお互いに言いながら、僕らは相変わらず人の気配のしない駅を出た。みんなで撮ったプリクラは、ポケットの中の財布に入れている。僕には、それがとても温かくて、じんわりとしたものに思えた。


「すっごく楽しかった」

「良かったな椋介。俺は最後の最後に顔隠れてもうたけど」


 オルカは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らす。


「しょうがないでしょオルカ。君みんなに見えないんだから」

「女子二人がデコってるときになんか言うてくれてもええやん」

「無理だよ。ああいうとき、男子が横から入れるわけないじゃん」


 そのとき、財布と反対のポケットに入っていたスマホが震えた。電話だ。画面を見てみると、父さんだった。急にどうしたんだろう。


「もしもし?」

『椋介、いま大丈夫か? すぐこっちに戻れるか?』


 切迫したような、焦った父さんの声。珍しい。なんだか、急に嫌な予感がしてきた。


「どうしたの?」


 思わず、聞き返す僕の声にも緊張が混じるのを感じた。


『楓が轢き逃げされた。いま、病院に搬送されて手術を受けてる』


 頭が真っ白になった。

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