文化祭1日目 その2

「1年生がタピオカやってるらしいよ」

「へぇ、飲んだことないな」

「秋山君、飲んだことある? K県ならここより断然都会だから、お店とかいっぱいるんじゃない?」


 タピオカジュースなる飲み物は、確かに知っている。以前通っていた高校で女子がその話題で盛り上がっていたこともあったし、何かのテレビ番組でもタピオカジュースの有名店を特集していたと思う。そういえば、楓も何度か「あの店は美味しい」と言っていた気がする。店名は全く覚えていないけど。


 つまり、タピオカジュースに関しては、僕もほとんど知らない。


「僕も知らないね。あんま興味なかったし」

「ははっ、ぽい~」


 大川さんはそう言って笑い、内田君もそれに同意するように笑っている。


「じゃあせっかくだし行ってみよっか。私は飲んでみたい!」


 そんなわけで、僕たちは1年生の教室へ向かって歩き出した。


 廊下は賑やかで、華やかだった。いつも同じように見える隣り合った教室が、全く違う装いになっている。僕も自分のクラスの準備をしていて気付いたけど、教室って意外と広い。机や教卓を隅に押しやってしまえば、けっこう広い空間ができる。その空間を、それぞれのクラスの模擬店などに合うように、みんな飾り付けていく。


 匂いも違う。普段、何の匂いもしないただの廊下は、いまはいろんな食べ物の匂いでいっぱいだった。何か食べ物を焼く匂い、コーヒーの匂い、甘い匂いもした。


 廊下を歩きにくいと感じたのも初めてだった。たくさんの生徒が行き交っているからだ。飲み物、食べ物片手に歩く人、スマホで写真を取る人、友達と連れだって楽しそうに模擬店を見ている人、看板を持ってクラスの模擬店を宣伝している人もいた。


 学校って、こんなに人がいたんだ。そんな当たり前のことを実感した。


 タピオカジュースの模擬店をしているのは1年2組だった。教室の中ではエプロンと三角巾を着けた1年生たちが動き回っている。好評なのか、すでに廊下にまで行列ができていた。


「やっぱ並んでるねぇ」

「珍しいしね」


 確かに、この町や周辺の地域に、タピオカジュースを提供している店はない。というよりも、僕が以前住んでいた街では少し歩けばいくらも見つかった緑色の看板のカフェや、ド○ールなどが全くと言っていいほど無い。


 ここに引っ越してきてまず驚いたのがそれだった。どこでもみんな、放課後にはカフェなどに行くものだと思っていた。以前それを内田君にポロリと言ってしまったことがあり、内田君は「ふっ……」と笑って、


「これが、田舎だよ」


 と言われてしまった。なんだか申し訳ないと思った。


 僕たちは行列の一番後ろに並んだ。けっこう長くて、買えるまでに少しだけ時間がかった。1杯300円。僕たちはめいめい好きな味のタピオカジュースを買った。内田君はオレンジジュース、大川さんはリンゴジュース、僕はミルクティーだ。


「なんやコーラないやんけ」

「……あっても買わないからね」


 会計をする僕の後ろで、オルカは不満そうに口を尖らせるが、もちろん彼に買うつもりはない。僕はもちろん、超小声で周りの人に気付かれないように返事をした。それでもオルカには聞き取れたようだった。


「今日の帰りコーラ買うてくれ」


 僕は軽く頷いて返事をした。そして廊下でまた二人と合流する。内田君はいつも通りのニコニコした表情で、大川さんはなんだかワクワクしたように手元のジュースを見ている。ちょっと子どもっぽくて可愛い。


 僕たちが買ったタピオカジュースは、プラスチックの透明なカップに入っている。カップの表面には水玉がプリントされている。上にはストローを通す穴が開いた蓋。そして、なんかストローが太い。ファストフード店などで使うストローの倍くらいの太さだ。


「……中に何か入ってるな」


 内田君はカップを振って、液体の中をよく見ようとした。確かに、何か黒くて丸い物が入っている。


「その黒いのがタピオカらしいよ。じゃ、飲んでみよっか。いざ、実食!」


 大川さんの言葉を合図に、僕たち3人はストローに口をつける。


 ストローを通って口の中に入ってきたのは、もちろん甘いミルクティーだ。コンビニなどでペットボトルに入っているのと同じ味。それと一緒に、何か黒い粒がストローを昇ってくるのも見える。


 液体ではない固形物が口に入った感じがした。僕はストローから口を離して、先にミルクティーだけを飲む。


 口に入ったそれを、舌の上で転がしてみる。固くない。なんだか微妙に柔らかい。でもちょっと芯はある感じ。噛むと抵抗なく潰れた。なんとなく、こんにゃくに近いような触感だった。味はあんまりしない。


「……なんか、思ってたのと違ったかも」

「これ、つぶつぶ入ってなかったらただのジュースだな」


 大川さんと内田君の感想は以上の通り。かくいう僕も、タピオカジュースに抱いた感想は同じものだった。


 以前の学校の女の子たちは、街中にある店でどんなタピオカジュースを飲んでいたんだろうか。少なくとも、高校生の文化祭で出るようなクオリティではないんだろうけど。でも、これってそんなに流行るほどのものだったんだろうか。僕たち3人のタピオカジュース初体験の感想はそんな感じだった。


- - -


「なんか、ちゃんとしたもん食べたい」


 内田君のリクエストで、食べ物の模擬店を出しているクラスへ向かった。どうやら2年2組は焼きそばをやっているらしい。祭りや縁日の出店みたいだ。実際、教室の様子はそういった場所で出る屋台を思わせるような装飾がされていた。それも、手を抜いて作った感じではなく、色をしっかりと塗って、壁にも縁日っぽい絵を描いた紙を貼っていて、なかなか凝っている。


「はーい、いらっしゃーい……あ、結希もいらっしゃーい」


 教室の中にいた女子生徒のひとりが、大川さんに手を振った。黒い髪をポニーテールにしている。どこかで見たような気がする、と思ったのと、そういえば以前、中間テストのときに大川さんと一緒に図書室に来ていた人だと思い出したのは、ほぼ同時だった。


「ごめんね~、シフト被っちゃってさ~」

「いいよいいよ、このふたりと回ってるし」

「あ、テスト勉強のとき図書室いた人? こんにちは~、内田君は久しぶり~」


 大川さんの友達はとてもフレンドリーな様子で、僕と内田君に軽く会釈をした。そういうのに慣れていない僕はちょっとまごついた。内田君の方はいつもと変わらない様子で、ニコニコと挨拶を返した。


「久しぶり、2年になってから話したの初かね」

「かもね~。そっちの人はあれかな、夏休み明けに来た転校生さん」

「どうも、秋山椋介です」

「どもども、うちは千田彩花せんだあやかです、よろしく。焼きそばはひとつ400円だからね~」


 千田さんはそこまで言うと、「じゃね~」と言いながら模擬店の作業に戻っていった。なかなかマイペースな人だ。


 売り子をしている生徒から、焼きそばが入った透明のパックと割り箸を受け取ると、僕たちは教室を出て、適当に座れる場所を探した。近くにあった空き教室が「休憩スペース」として開放されているのを見つけた。中に入ってみると、僕たちと同じように、ここで何か食べようと集まってきた生徒が何人もいた。席もそれなりに空いていたので、僕たちは窓際に空いている席をみっつ確保した。


「さて、次はどこ行こうかね~」

「俺はまだ腹減ってる」


 食べ始めるや否や、大川さんと内田君はすでに次の行き先を考えている。意外とハイペースだな。内田君はまだ何か食べるつもりのようだ。


「あ、3年がアメリカンドッグやってるってよ。これ行こうや」

「内田君、食べることに偏りすぎじゃない?」

「今日寝坊してさ。朝ご飯食べてないんだよね。昼も買いそびれたし」


 そりゃお腹が空くわけだ。焼きそばを食べ終わった僕たちは、近くのゴミ箱にパックと割り箸を捨て、今度は3年生の教室に向かった。こんな感じで、文化祭1日目、自由時間の前半は食い倒れ模擬店巡りとなった。


- - -


「お化け屋敷に行こう」


 自動販売機で飲み物を買って、食い倒れ模擬店巡りも一息ついていると、大川さんがそう提案した。心なしか、目がちょっと輝いて見える。


「1組のお化け屋敷か。いいねぇ、面白そうだ」

「あ、秋山君、お化け屋敷とか大丈夫?」


 念のため、という感じで大川さんは僕に確認をするが、お化け屋敷に行く気満々なのは明らかだった。


 そういえば、お化け屋敷なるものにも、僕はこれまで入ったことがない。遊園地に遊びに行ったときも、絶叫マシーンなどのアトラクションばかり乗って、お化け屋敷という選択肢を考えたこともなかった。加えて、妹の楓がたいへんな怖がりなので、秋山家はお化け屋敷に近付かないというのが、暗黙の了解だった。


 だから、興味はある。聞けば、2年1組のお化け屋敷はなかなか本格的らしい。


「僕も興味あるし、行ってみたい」

「オッケ! それじゃ、さっそく行こう!」


 大川さんはウキウキして待ちきれない、といった様子だった。本当に文化祭を楽しんでいるようだ。


 2年1組の教室の前には、文化祭も折り返しを過ぎたというのに、長い列ができていた。20人くらいはいるんじゃないだろうか。そして、教室の中からは……。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「ちょちょ、コーヘイ、どこだ! どこ行った!?」

「きゃああああぁぁぁぁ!」


 ……ちょっと待ってほしい。


「おお、本当に怖そうだねぇ」

「去年よりパワーアップしたっていうのは本当っぽいな」


 大川さんと内田君、この悲鳴を聞いてなぜこんなにワクワクしているんだろう。


 ちょっと待ってくれ。これ、文化祭の模擬店なんだよね? 仕掛け人は僕たちと同じ2年生なんだよね? つまり高校生だ。


「え!? ぬいぐるみなんて置いてたかここ!?」

「わああああぁぁぁぁぁっっ!!」


 なのに、この悲鳴はなんだ? そんなにシャレにならないほど怖いのか? ダラダラと冷や汗が流れ始める。もしかして僕は、とても軽はずみにお化け屋敷に入る決断をしてしまったんじゃないか? 僕の様子を見かねたのか、オルカが話しかけてきた。内田君や大川さんと一緒に行動しているときは、気を遣ってあまり話しかけてこなかったけど。


「どうしたんや椋介」

「……ちょっとヤバそうだなぁ」


 できるだけ独り言っぽく聞こえるように返した。しかし、内田君が耳ざとくそれを聞きつけ、ニコニコしながら僕に言った。


「1組のお化け屋敷はさ、怖い怖いって毎年有名なんだよ。去年もけっこうヤバかった」

「あれ、もしかして秋山君、こういうの苦手?」


 大川さんが内田君に続く。だが、ここで「苦手だからやめる」と言うのは、なんか、嫌だ。なんか、それはしたくない。そういう変な対抗心じみた感情が生まれれば、口から出てくる言葉は考えずとも勝手に出てくれた。


「いや、全然。ヤバい方が面白そうじゃん?」


- - -


 そんなことを言っていた数分前の自分をぶん殴りたい。


 入った1組の教室は異常に暗かった。冷静に考えれば、こんな小さな教室を真っ暗にするのは簡単だ。窓に段ボールを隙間なく貼り付けたり、分厚い遮光カーテンを引いたりすればいい。しかし、さっきまでの明るくて賑やかな文化祭の廊下からいきなり暗闇に足を踏み入れた瞬間、そういう冷静な思考は吹っ飛んだ。


 そして、照明が極端に少ない。入ってすぐの道は、まっすぐ、一直線だ。仕切りなどを使って、道を作っているらしい。その道を照らすのは、床にひとつだけぽつんと置いてある、カンテラの形をした照明だけ。


「雰囲気あるなぁ」


 内田君は嬉々として先に進む。大川さんもそれに続き、ちょっと引け腰気味に僕が続く。オルカはそんな僕を見て呆れるように呟く。


「情けないなぁジブン」


 そんなこと僕が一番分かってるての!


 最初の一本道には何も無かった。しかし、壁に突き当たって曲がった瞬間、内田君が「おぉ」と声を上げる。大川さんと僕も後ろから覗きこむ。


 テレビが置いてあった。しかし、画面には砂嵐が走っている。サアアー……という音が空しく響く。


「すげぇな、ブラウン管じゃん。まだ生き残ってたんだ」


 内田君がそういった瞬間だった。


 テレビの後ろの壁……恐らく段ボールて作った仕切りなんだろうけど……そこが突然開いて、中から人が出てきた。


「おっ」

「わぁ」

「~~~っ!」


 三者三様のリアクション。ちなみに順番は内田君、大川さん、僕だ。


「…………進め」


 お化け役はくぐもった声でそう言うと、先を指差し促した。僕らがその道を進むと、突然道の両側からドンドンドンドンッッ! という壁を叩く音が鳴り始めた。


 そして、次の角を曲がるとき。誰かが僕の肩を叩いた。僕は反射的にそちらを振り返ってしまった。頭に包丁が刺さり、血まみれの男の顔がそこにあった。


「っっわああああああああああああああああああ!」

「おお!?」

「わあ!?」


 思わず叫んでしまった。


「ほほう、よう出来とるなぁこれ。そらビックリするわ」


 そんな僕を尻目に、オルカは感心した様子でオバケ役のメイクを見ている。腰が引けた僕は、そのまま二、三歩後ずさってしまう。


「秋山君しっかりして」


 大川さんに背中を支えられて、なんとかへたり込まずに済んだ。


「ホント、本格的だな、じゃ進もうや……あれ?」


 前を向いた内田君の足が止まる。


「どうしたの?」

「いや、あれ」


 内田君が指差した先、『最後の曲がり角』とおどろおどろしい文字の看板が下がっている、その床。


「さっきはぬいぐるみなんかなかったんだけど」


 床に、テディベアが置いてある。普通なら可愛らしいものだけど、いまの状況では不気味でしかなかった。しかし、そのぬいぐるみが突然、フッと横に引っ張られるようにして消えた。


 一瞬のことに、僕たちは黙り込んでしまった。他2人がどう思っているかは分からないけど、僕は怖くてあまり進みたくなかった。


「まぁ、もうすぐ出口っぽいし、行こうか」


 ですよねー。


 角を曲がると、道に人が転がっている。そして、手にはさっきのぬいぐるみ。明らかに動くというのが分かる。分かっちゃいるけど、怖いもんは怖い。


 その近くを通ろうとすると、ガバッっと起き上がって追いかけようとしてきた。僕たちは慌てて出口から教室を出た。


「あははははは!」

「きゃあー」

「っっっ~~~!」

「おもろいなぁ」


 内田君は心底楽しそうに笑い、大川さんは笑いながらわざとらしい悲鳴を上げ、僕は何も言えず、オルカは気の抜けたコメントを言いながら、僕たちは引き戸を開けて教室の外へ出た。引き戸を開けた瞬間、すごく眩しいと感じた。


 教室から出ると、1組の生徒らしい人が「お疲れ様でしたー!」とニコニコした表情で迎えてくれた。


 周りを見回してみる。なんてことはない。文化祭ももうすぐ終わりに近付いて、なんとなく気怠そうな雰囲気を纏い始めた廊下だった。


 急に安心感がやってきた。結論を言うと、僕もお化け屋敷は苦手だった。


- - -


「いやぁ、面白かったなぁ今日は」


 帰る準備をしながら、内田君はずっと笑っていた。接客のことやお化け屋敷での僕が、面白くて仕方なかったらしい。僕としては色々と大変な日だった。


「秋山君、クールに見えてけっこう面白かったねぇ」

「いや、お化け屋敷はホント怖かったんだから……」


 大川さんまで内田君と同じようなことを言う。お化け屋敷で笑っていられる2人の神経が理解できなかった。


 でも、今までの学校生活の中で、一番楽しかった。そう思えることが、やっぱりとても嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます