文化祭1日目

 石造りの校門に、絵や色とりどりのペーパーフラワーで装飾された立て看板がかかっている。いつもは「学び舎」としてどこか格式ばったような雰囲気の校舎も、今日は角が取れてなんだか親しみやすい気がした。


 校内は更に賑やかだった。各クラスは思い思いの模擬店や展示をし、生徒もみんな、いつもと同じ場所なのに、初めて遊園地にやってきたように、はしゃいでいた。


 今日は、高校の文化祭だ。


- - -


 一週間前。


「もう来週は文化祭だね」

「早いよなぁ」

「そういえば、なんか色々準備してたね」

「秋山君は転校してきたばかりで色々進んでて、なんのこっちゃ、だよね」


 僕、大川さん、内田君の3人は、中間テスト以来、なんとなく3人でお喋りをすることが増えた。中間テストが終わり、目前となった文化祭は、自然とお喋りの話題になった。


「私、友達から聞いたんだけど、一組は今年もお化け屋敷やるらしいよ」

「去年もしてなかったっけ」

「なんかパワーアップしたんだって」

「マジか。あそこ理系クラスだから頭固いかと思ったら、だいぶ本格的なもん作ってくるからなぁ。頭良いせいかちゃんと怖いし」


 去年の文化祭のことを話し始める2人。こういうとき、どうしても置いてけぼりにされているような気持ちになるけど、こればかりはどうしようもない。一ヶ月前にここに来た僕には、他の人と「去年の思い出」というものは共有できない。


 ちなみに、僕が転入したこのクラス、2年3組は模擬店で、喫茶店をやることになった。


「去年の文化祭って、どんな感じだったの?」

「んー、どんなっていっても、普通かなぁ。私は友達と模擬店回ったり」

「俺は、お化け屋敷が一人じゃ怖いってやつの付き添いで一緒にお化け屋敷行ったくらいだな」

「え? じゃあ内田君、それ以外何してたの?」

「なんとなく校内ウロウロしてた」

「なにそれ……」


 内田君の発言に、僕も大川さんもそれ以外言葉がなかった。


 世の中には、中二病と言うべき人種がいることは理解している。僕が以前通っていた学校にも、中学の時にも、そういう人はいた。人によって定義は様々だろうけど、とにかく「俺は周囲とは違うんだぜ」或いは「周りに比べてクールなんだぜ」というのをアピールしたがり、尚且つそれが痛々しいほど子供っぽかったり、本人はカッコいいと思っていても周囲はドン引きしていたり……そういう人たちは、周りが楽しんでいるときに、「俺はサボってた」とカッコつけて言って、周りから冷めた視線を向けられることもある。


 しかし、なんというか、内田君にはそういう「痛々しさ」だとか、「カッコつけ」のようなものが感じられなかった。いや、この一ヶ月でなんとなく、彼はみんなと一緒に盛り上がるようなタイプではない、というのは察していたけれど。


 それに、内田君は誰かと一緒に模擬店を回るよりも、一人でフラフラしている方が好きそうな気もした。


 それにしても、文化祭か……。以前通っていた学校では、あまり学校行事を楽しんだ思い出はない。というより、学校全体に、そういう雰囲気というか、活気みたいなものがなかったからだ。なんとなく、運動部の人たちがとても盛り上がっていた印象はあるけれど。


 でも、この高校は、文化祭に向けて、少しずつ浮足立った雰囲気が増しているような気がした。大川さんはもちろん、内田君も表情こそ変わらないけど、楽しみにしているような気がした。なんというか……みんな、楽しそうだった。


「ジブンもなんとなく楽しそうやで」

「そうかな」

「顔に書いとるわ」


 帰宅後、オルカにそう言われ、なんとなく頬を撫でてみた。そうか。僕は少し、文化祭が楽しみなんだ。言われてみると、確かに、なんだかワクワクしたような、待ちきれないような、そんな気持ちになる。緊張とは違う気持ちで、身体が少し暖かくなるのを感じた。なんだかそれが無性に嬉しくて、そのあとの一週間は矢のように過ぎていった。


- - -


『みなさん、おはようございます。本日は文化祭一日目。楽しんでいきましょう!』


 その校内放送が、文化祭開始の合図だった。なぜか、突然上の階から物凄く野太い、


「ぃぃぃよっっしゃああああああああっっっ!!!」


 という男たちの声が聞こえた。それも、一人二人ではなく、クラス全員で叫んだような声だ。当然、あまりの衝撃に、僕は全身が硬直した。だけど、他のみんなは一瞬手を止めたと思ったら、すぐに何事もなかったかのように準備を再開した。


「物凄い声やったなぁ」


 オルカはなんだか面白そうにそう言うと、「見てくるわ」と言って上の階へとふわふわ浮かんで行ってしまった。


「……いまのなに?」

「運動部の三年。去年もそうだったし、毎年ああらしいよ」

「私も一年のときビックリした」


 なるほど。運動部が行事を盛り上げるというのは、どこも同じらしい。オルカはげんなりした表情で戻ってきた。


「なんかむさ苦しい男どもが半裸で叫んだっぽかったわ……朝からひどいもん見た……」

「おつかれさま」


 いつも余裕たっぷりのオルカがげんなりとしているのは、本人には申し訳ないけど、ちょっと面白かった。


 さて、2年3組の喫茶店では、もちろん簡単な食べ物、飲み物を提供する。具体的にはオレンジジュースやリンゴジュース、コーヒーなどと、あとはパンケーキなどだ。飲み物はスーパーでたくさん買って、パンケーキなどは生徒が自宅からガスコンロやフライパンを持参して作る。そして、生徒間でシフトを組んで、接客と調理に分かれて作業をする。調理の方は得意な人がうまくそれぞれの時間にいるように配分した。ちなみに僕は接客担当だ。そして、内田君も僕と一緒に接客。大川さんは調理に回っている。


 そして、文化祭スタートから10分ほど経った頃、最初のお客さんがやってきた。他のクラスの生徒だ。


「いらっしゃいませー!」

「い、いらっしゃいませー……」


 他のみんなが元気よく挨拶する中、どうしても僕は声が小さくなってしまう。同時に、やばいという感情と緊張が頭の中をぐるぐると回りはじめた。体が軽く強張るのを感じる。


 文化祭という行事と、今はなんか楽しみだっていう感情で浮かれてたけど……。喫茶店ということは、知らない人がたくさん来るということで……接客ということは、その人たちと接しなければならないということで……。


 あれ、これって、もしかして、僕は緊張しっぱなしで過ごさなければいけないということなのでは?


 しかし、時すでに遅し。文化祭は始まり、お客さんもどんどんやって来る。やるしかない。僕は覚悟を決めた。


- - -


「いや~、おつかれ秋山君」

「まさか秋山君がこれほど接客苦手だったとは」


 シフト時間終了後。そこには屍のようになった僕と、僕を見て苦笑する大川さんと内田君、そしてひとり爆笑するオルカがいた。


 結論を言うと、僕の接客はひどいものだった。お客さんを前に緊張しすぎて、案内やメニューの説明で噛みまくる。お釣りを渡すときに手がとても震えて怪訝な顔をされる。手が震えて、お盆に載せた飲み物をこぼしかける。


 たかが模擬店。されど模擬店。僕の緊張はひと時も解けることなく、永遠に感じられるシフト時間をやり切った。


「そういえば秋山君って、すごい人見知りだったもんな」

「え?」


 内田君は自分の言ったことに納得するように、うんうんと頷きながら続けた。


「転校初日とかすごい緊張してたじゃん。顔も真っ青だったし、隣に座ったときなんか冷や汗っぽいのかいてたし」

「マジか……」


 転入した日の様子を、これほどしっかり見られているとは思わなかった。


 さて、模擬店のシフトが終われば、僕たちも自由だ。僕と内田君と大川さんは、三人で他の模擬店などを回ることにした。


「……って、あれ? 大川さん、僕たちと一緒に回っていいの?」

「え? なんで?」

「いや、女子の友達と回るんだと思ってたから……」

「一緒に回ろうって言ってた子が、自分のクラスのシフトとかと被っちゃったみたいで。だから私、このままだとぼっち確定なのよ。でも、せっかくの文化祭だし、ひとりじゃあんまり楽しくないから、一緒に回ろうよ」


 大川さんは穏やかな笑顔を浮かべていたけど、どこか有無を言わせない雰囲気があった。意外と強引なところもあるのかも知れないと思った。

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