説明

 母さんと父さんが帰ってから、僕は学校でのことを全て話した。いじめられていること、そのため学校に行きたくないこと、仮に僕へのいじめが収まっても、もうあの学校には行きたくないこと。途中で母さんが何度か口を開きかけたけど、父さんがそれを全て制したため、ほとんど口を挟まれることはなかった。


 僕が全部話し終わると、父さんは「そうか」と言って腕組みをし、片手を口元に当てた。父さんが考え事をするときの癖だ。そのまましばらくの間、沈黙が流れる。


「椋介」


 父さんが口を開いた。


「もう一度確認するが、もう学校には行きたくないんだな?」

「うん」

「そうか」


 再び沈黙。少し、いや、かなり居心地が悪い。しばらくすると父さんは腕組みを解き、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。


「椋介、しばらく学校へは行かなくてもいい。どうせもうすぐ夏休みだからな。あぁ、だけど、期末テストくらいは受けておいた方がいい。最近は教室に入らず、保健室などでも受けさせてもらえるはずだ」


 そこで一旦、言葉は途切れる。そして、さっきと変わらない調子で話し始めた。


「だけど、高校は卒業した方がいい。中卒で生きていくのはかなり厳しい」


 やっぱり父さんもそう言うのか。予想通りではあったけど、僕は肩の辺りが重くなるのを感じた。やっぱり、またあそこに行かなくてはいけないのか。それがどうしても嫌だ。


「父さん。中卒が厳しいっていうのは、話を聞くくらいだけど僕も知ってる。でも、それでももうあの高校には通いたくない」

「あぁ、いや。そうは言ってないさ。高校と言っても、色々とある。通信教育や定時制という手もある。それも、大変なことに変わりはないけどな」


 それに、と父さんは続ける。


「転校というのも、立派な道のひとつだ」

「お父さん、それはちょっと」


 父さんが言った転校という単語に反応したのは、僕ではなく母さんだった。


「転校までしなくてもいいじゃない。それに、椋介だって健康みたいだし、何も逃げるようなことしなくても……」

「最近、学校行こうとすると頭痛がひどかったし、吐き気がすることだって多かった」


 僕は母さんの言葉を遮るように言った。


「母さん、僕はそんなしんどい思いしてまで学校に行きたくない」

「何言っているの、逃げちゃダメよ」

「何を言うのかはお前の方だ」


 父さんが語気を強めて母さんに言う。母さんは驚いて目を見開いた。


「椋介はずっと苦しい思いをした。それを、こうして話してくれているんだ。また元の場所に返すなんて論外だ」


 父さんは母さんに向けていた目を僕に向ける。


「今の学校やクラスからは離れた方がいいだろう。それを逃げだと言う奴もいるだろう。だけど、自分の身を守るための逃げは大ありだ。椋介が弱いわけじゃないし、何も悪くはない」


 父さんは口元を緩めて、穏やかな声で続けた。


「辛かったこと、よく話してくれた。ありがとう」


 父さんの言葉を聞いた瞬間、僕は心に溜まっていた澱が少しずつ溶けていくような感覚を覚えた。気付いたら、涙が止まらなくて、僕はそのまま声を上げて泣いた。


- - -


 両親との話し合いから3週間後。病院で検査を受けた結果、やっぱり僕は学校に行こうとすると、体調を崩してしまう症状を発症していることが分かった。その診断書と、転校の意思などを学校に伝えた結果、なんとか転校の許可が下りた。僕はそういった手続きや話し合いには参加しなかったけど、どんな感じなのかネットで調べてみた。とても面倒臭そうで、学校側も受け入れ側もそういうのを嫌がるらしい。


「全く、子ども守るのが教師の役目やっちゅうのに、職務怠慢もええとこやな」


 オルカは僕と一緒にパソコンの画面を眺めながら、やけにわざとらしくそう言っていた。


「教師だけの責任ってわけでも、ないんじゃないかな」

「え?」


 僕の言葉に反応して、オルカが首をひねる。その動作もやっぱりわざとらしく見えてしまうのだけど、まぁそれはこの際置いておこう。


「親の存在もあるんじゃないですか。僕は父さんが話を聴いてくれる人だからよかったけど、もし、両親ともに母さんみたいだったら……」

「あぁ……それもあるかもしれへんなぁ」


 しかし、今回のことで分かったことがふたつある。ひとつは、オルカにお願いを言うと、確かにそれは叶った。代償は、僕の口から親に最初の一言――「学校に行きたくない」ってやつ――を言うことと、コーラ1本。160円だ。これは、朝の母さんとのやり取りのあと、ついでということで買いに行かされた。さすがに、もう一度ルーレットが当たるということは起きなかったけど。


 もうひとつは。


「……学校でしんどいときに、教師を当てにしちゃいけないんですね」

「ん? どないしたんや?」

「いえ、こういう状況に陥ったとき、学校に助けてと言っても助けてもらえなさそうなので。自力でどうにか逃げ道を確保できるようにしておかないといけないのかなと」


 そういえば、どこかの偉い作家だか何だかも言っていた気がする。「いざというとき、組織に頼るな」って。学校もある意味組織なのだし、それは当てはまるのかも知れない。


 そして、世間が夏休みに入る頃に、僕は引っ越した。

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