指令

仕事はないのか、としつこく訊きまわったおかげか、亜礼に指令が下った。

そう言うと少年は面白くなさそうに口を尖らせる。ろくに話してくれる人もいないから、露骨に嫌な顔でも、反応してくれるだけましだった。


亜礼は加藤に呼び出された。久しぶりに会ったわけだが、ちっとも変わっていない。亜礼に親しげに声をかけ、良いことでも言うかのような調子で指令の内容を言った。

「燃やして欲しいものがある」

はぁ、と亜礼は困惑したように返す。加藤はそんな亜礼の様子を気にも留めずに続けた。

「お前、火薬屋を知ってるか」

かやくや、と亜礼は繰り返す。聞いたことはなかった。物騒な名前だと思う。

「なにそれ、店の名前?」

それを燃やすのか、と訊けば加藤はうーん、と首を傾げる。

「当たらずとも遠からずかな。火薬屋ってのは店の名じゃなくて、下町で爆弾とか銃を流してる人間のことを指すんだけど」

言って加藤は、懐から写真を一枚取り出した。

「こいつのことだ。火薬の扱いは上手い。下町では技術的に難しいこともあるが、この男がいるから爆弾も銃も下町に存在してしまう」

写真に写っていたのは、総髪を無造作に括った、端正な顔立ちの男だった。かなり遠くから撮られていたが、表情まで鮮明に見て取れる。なにか面白いことでもあったのか、楽しげに笑っていた。

その笑顔に、なんだか懐かしさを感じた。あのテロが起こる前は、亜礼もきっとこんな風に笑えていたーーはずだ。

そんなことを考えていたら、加藤は面白がるような笑みを浮かべて言った。


「この前のテロで使用された爆弾も、こいつが売ったものだ」


一瞬、なんのことか分からなかった。


加藤を見て、意味を問おうとして、唐突に、電撃のように悟った。

あのーー爆破は。

空まで赤く赤く染めたあの炎はーー亜礼が母を失うことに、日常を失う契機になったあの爆破はーー全部。

腹の底の方から、何かが迫り上がってくる。気持ち悪くなるほど、心臓は早鐘を打っていた。

吐き気が込み上げてきて、堪らずに膝を折る。涙で霞んだ視界の先に、笑みを浮かべる加藤が見えた気がした。


「この男がいなければきっとあのテロは起こらなかったーーそう思わないか?」


肯定の意を示そうと、亜礼はなんとか頷く。加藤の手が肩に触れて、優しく2、3度叩かれた。


「予備警察も、この男は前々からどうにかしなければいけないと思っていた」

できるなら火事が良い、加藤は言う。いざとなれば事故だと押し切れる形で、なおかつ下町の人々に対しての見せしめとなるような強烈なものが良い、と。

「困ったことにーー上ではあまり火を使わないから、怖がる奴が多くてね。どうかな?亜礼」

やって、くれるだろう。


問いのはずなのに、抗い難い強さを感じた。でもそれ以前に、亜礼の返答は決まっている。震える手で写真を掴み取って、掠れる声でこう言った。


「ーーやる」

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