少年

 なんだあいつ、と亜礼は呆然とする。いきなり床にーー投げられた。

 初対面であれはないだろ、と思う。加藤は知らんふりでそっぽを向いているけれど、笑いを我慢しているのが見え見えだ。班の大人は苦い顔で亜礼と、少年が出て行った扉を見比べている。亜礼を助け起こそうという気のある人はいないようだった。期待なんてしてないけど、と亜礼は自分で立ち上がる。

「ねえ誰あれ」

加藤に訊くと、加藤からではなく最初に話していた40ほどの男が言った。

「加藤さん、だ。図々しい口を利くな」

「おっさんこそ誰」

名乗りもしない奴の言うことなんか聞く義理ないから、と睨むと、男は一瞬口籠る。

「彼は井上だから」

班長だよ、と加藤が言う。亜礼は、え、と訊き返す。

「班長ってあの人なの?あんたじゃなくて」

おい、と井上がまた言おうとするのを加藤は制し、頷いた。

「私は班長より上の立場だから」

ふぅん、と亜礼は興味なさげに首を傾ける。そして、少年が出て行ったドアの方を指し示した。

「あの失礼な奴は?どこ行ったの」

「探してみれば良い」

加藤はそう言って笑う。アレイの世話係はあの子にするから、と勝手なことを言った。

「必要なことはあの子に教わって」

じゃあ、と加藤はそのまま出て行った。置き去りにされた亜礼は、信じられない、と文句を言って加藤の出て行ったドアを睨む。 

班の大人たちは亜礼を持て余すように互いを見遣っている。亜礼は構わずに部屋から出た。あの少年を探そうと思った。とりあえず、文句の一つは言わないと気が済まないし、これからどうすれば良いのかも分からなかった。



亜礼があの少年を見つけたのは、2時間以上も経ってからだった。迷路のような道を、通る人々に訊きながら辿ってやっと見つけられた。歩くうちに怒る元気も失せてしまって、少年を見つけた時にはもう文句を言おうとも思わなかった。

「もっと分かりやすい場所にいろ」

膝を抱えて座り込んでいた少年は、弾かれたように顔を上げた。亜礼を見て顔を顰める。なんだよ、と喧嘩腰の返答に亜礼は取り合わなかった。

「お前、俺の世話係なんだって。教えてくれなきゃ、この建物とかどこに住むのかとか分からないから」

「世話係なんて冗談じゃない」

「加藤ーーサンの命令だってよ」

加藤、と聞いて少年の顔が曇る。本当に偉い人なんだな、と亜礼は思った。気の強そうなこの少年も、加藤を引き合いに出されると逆らえない。

「ーーならしょうがないけど、俺の1メートル以内に近づいてくんなよ」

近づいてきたら蹴りたくなるから、と少年は言った。なんだそれ、と流石に腹が立って亜礼は口を尖らせた。

「なんで下町に生まれただけで差別するんだよ。そーゆーの、良くないって思わねぇの」

しごく正論を言ったつもりだった。でも少年は、全く怯まずに亜礼を睨んでくる。

「なんもしない奴を嫌うかよ。お前こそ、図々しいんだよ」

亜礼はぽかんと口を開ける。俺、なんかしたっけ、と少しだけ考え、いやしてるわけないだろ、とすぐに思う。

「俺、お前になんかしたっけ?」

少年はまた亜礼を睨んで、それから黙って歩き出した。迷いたくはないから亜礼は追いかける。


なんだか、上は想像とずいぶん違うようだった。

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