予備警察

炎に包まれても簡単に人は燃えないし死なない。意識も失わない。火傷の痛みで強制的に意識が戻る。


辛い死に方だろう。男たちは炎を纏ったまま、まるで滑稽な踊りを踊るかのようにのたうちまわっている。


あのお人好しの口が、なんで、と動いた気がした。見間違いかもしれない。でも亜礼は、叫んでいた。


「そんなことも分かんないの、馬鹿じゃないの!下町をこんなめちゃくちゃにしといてさ!予備警察なんかよりよほどお前らの方が疫病神だよッ分かれよッ」

失敗したって、下町を救う為にやったことだから下町の人には感謝されるとか勘違いしてない?と亜礼は皮肉な笑みを浮かべる。

「残念、そんなことはないから!お前らは大切なもの奪ったんだよ!自覚しろよ」

テロリストなんか、大嫌いだ。亜礼はそう言って、口を噤んだ。燃えている男たちにはたぶん聞こえていなかっただろう。でも少しだけすっきりとした気分になった。

「どうせやるんなら上手くやれ」

吐き捨てるようにそう言って、亜礼は立ち去ろうとした。いつまでもここにいたら予備警察と鉢合わせしてしまうかもしれない。そんなの御免だった。


「ちょっと待って」


立ち去ろうとした亜礼の後ろから、そんな声が聞こえた。面白がるような、そんな明るい声だった。


反射的に振り返ると、燃える男たちの向こう側に誰かが立っている。


「ちゃんとさ、痛めつけないと死なないよ」


朗々と、よく通る声だ。別にどうでも良い、と言おうと思ったのにその声の調子がこの場とあまりに似つかわしくないせいで戸惑う。


「人は燃えたって簡単に死なないからさ。ほら、こうやって」

声の主はそう言って、ちろちろと細く流れている下水に飛び込もうとしていた男の一人を撃ったーーのだと思う。男は、ゆっくり崩れ落ちた。顔を水につけたまま、ぴくりとも動かない。


血がぬらぬらと流れている。うわあ、とか間抜けな声を出してしまう。下町では珍しくもない光景だったけれど、慣れるものではなかった。血が、気持ち悪い。


わざわざ殺さなくたって良かったのに、と思った。楽になるだけじゃないか、と。他の男たちは炎の熱さに呻き続けている。亜礼もよく知ってる。焼かれる痛みは。


でも、そう言えないまま、亜礼はぼんやり突っ立っていた。本能が、あの声に逆らいたくないと言っている。とても、危険な気がした。

そんな風だったから、制止することもできずに燃える男たちは次々と撃たれていった。撃ったあとは乱雑に蹴飛ばして、下水の流れに死体を入れて鎮火している。奇妙な光景だと思った。あまりのことに、脳が麻痺したように働かない。

全員撃ち殺されて、その後には凄惨な現場だった。血と煤と、揺蕩う煙。正体の分からない臭い。火が燃えていたのだから暑いはずなのに、今はどこかひんやりと底冷えしている。さっきまで響いていた呻き声も絶え、静寂が訪れた。


「ーーなにすんだよ」


我慢ならなくなって、亜礼の方がさきに口を開いた。相手は暗がりで顔もろくに見えない。僅かに闇に浮かぶ輪郭で、男だと分かった。

「いや、獲物を横取りして済まないね。でもこいつらは殺さないといけなかったから」

よく通る声だ。こんな地獄絵図みたいなところには相応しくない。暗がりの中にいた男はゆっくり進み出てきた。

「下町の人間を5人、殺人未遂。君は下町の人間なわけだから、文句なしの極刑だね」

男の顔が薄ぼんやりと闇に浮かぶ。その柔和な表情は、亜礼を拍子抜けさせた。


ーー普通だ。


こんな普通な男が、躊躇いもなく、5人もの男を殺したのか。


それは、ぞっとするような事なのかもしれなかった。でも亜礼は、少しーーほんの少しだけ、寂しさのようなものを感じた。自分がやったことと、この男がやったこと。一体なんの差異があるのだろう、と虚しく思ったのだ。


ただそれは、一瞬だった。亜礼が認識する間もないほどその感情は一瞬で消え去って、代わりに負けん気ーーというか、この男に弱みを見せてはいけない、という勘のようなものが働いて、亜礼は男をきっと睨みつけた。


「別に、それで良いけど」


どうせ死ぬ気だったし、と言うと、男はおや、と声を上げた。驚いた風だが、嬉しさのような響きも混じっていて、亜礼は男を胡乱な目つきで見る。こいつ、どっかおかしいんじゃないのか。


「私はね、君を自殺させてはいけないんだよ」

加害者は然るべき方法で罰せられるべきだよね、と朗々とした声で言って、男は胸ポケットからずる、となにかを取り出した。


ーー黄色の。


見慣れたその色に、亜礼は瞠目する。


「私は予備警察官だから」


男が持っていたのは、見間違えるはずもない、あの黄色の腕章だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます