爆破

「え、そうなの」

今日テロが起きるらしいぞと言ってみたら、朔弥は間抜け面で言う。


「物騒だねー。今年何件目?」

「たぶんーー三件目?」

わぁ多い、と呑気に言う朔弥を見ていたら、なんだか苛立ちが収まってきた。

「みんな、なんでテロするんだろ。死んじゃうのにね」

「成功した時の見返りが大きいからだろ」

「でもさー、トップを討ち取ったところでさ、違う人が出てくるだけだって」

俺なら東京自体をなくすかな、と朔弥は荒唐無稽なことを言う。亜礼が笑うと、朔弥はむっとしたように言った。

「いや、本気でさ。東京をまっさらにしちゃえばさ、きっと変わるよ」

「みんな死ぬだろ」

「あー…まぁ、そこは工夫してさ」

どかんと一発、と拳を握りしめて力説している。けらけら亜礼が笑うと、その拳をそのまま亜礼に向けてくる。

躱しながら朔弥の弁当の中からウインナーを引き抜いた。

「あ!この掏摸野郎!」

馬鹿返せ、と亜礼の口に手を伸ばしてくる。急いで飲み込んで逃げた。


そう、こんな風に生きていければ、多くのものは望まない。





珍しく、仕事が早く終わった。

勿論その分賃金は引かれたわけだが、これならお母さんと夕飯を食べられる、と亜礼は嬉しくなる。

変わらず張り詰めた顔の男をちらりと見やって、亜礼は帰る。


ーーたとえ今日死んでも、俺が1…2年くらいは覚えといてやる。


感謝しろよな、と心の中で悪態をついた。




家に帰ると、相変わらず佳代は居間で丸まって寝ていた。そっと揺すると、逃げるように寝返りを打つ。

ーー夕飯作ってたら起きるかな。

うん、と亜礼は頷いて食材を冷蔵庫から取り出した。


もうそろそろ、テロを起こす頃だろうか。亜礼は料理をしながらちらちら窓の外を見やる。

日も暮れて、薄闇に下町は包まれている。もっと暗くなれば、予備警察は路地の中では圧倒的に不利だ。あの男は夜目が利くと言っていたから、闇に紛れて路地の中を逃げるのかもしれない。

ーー用心しておこう。

いつもは掛けない扉の鍵をしっかり掛ける。テロは混乱が起きる。家の中に閉じこもる方が安全だ。朔弥にも忠告するべきだっただろうか。いや、と亜礼は打ち消した。朔弥はぼんやりしているように見えて、そういうところはきちんとしている。たぶん大丈夫だろう。


暗くなり、夕飯を作り終えた時、僅かに揺れたような気がした。

亜礼は器の中のスープを見る。さざ波立っていた。あれ、と考える間もなくもう一度、今度は間違えようもなく大きく揺れた。

びしゃ、とスープの中身が零れ落ちる。亜礼はさっと青ざめ、それから窓に駆け寄って外の様子を覗く。



ーー赤々としている。


空が、焼けたように赤く照らされていた。


燃えているのは、東京の主要な建物ばかりだ。


下町の路地に、逃げ惑う人々がひしめいている。


亜礼は舌打ちした。まさか、と信じられない思いで外を見る。


ーーあいつら、よりにもよって爆弾使いやがった。


火は下町の建物に延焼していく。肝心の上の方の階には延焼する気配がない。たぶん、燃えにくい材質のものだとかで作られているのだろう。


ーーくそ。


逃げ惑う人々の中に、あの5人もいた。しきりに言い合いをしているのが見て取れる。後ろから、黄色の腕章の予備警察が追いかけてきていた。


へまなんかするなよ、と苛々怒鳴って、亜礼は必死に考える。

風向きから考えると、ここにももうすぐ火が届く。逃げなければ。どこへ?人混みに流されたら死んでしまう。

とりあえず川を目指そう、と決めた。火とは反対方向にあるし、いざとなれば川に飛び込めば良い。


「お母さん、逃げよう」

亜礼は佳代を揺する。ぐらぐらぐらぐら。なのに、佳代は一向に反応しない。

「このまんまだと死んじゃうから。ほら、火事だって」

揺すっても起きなかった。亜礼は佳代の顔を覗き込む。


ぽっかりと、虚のように昏い目が見つめ返してきた。

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