テロリスト

その日の帰りは朔弥とは会わなかった。


毎日盗みをやろうとは思わないし、別にやりたくもない。会わない日は、やらないと朔弥が決めたということだ。まぁ、昨日あんなに稼げたしな、と思う。



真っ暗な夜道をぶらぶら歩く。外灯が、ふらふらと頼りない光を足元に投げている。


亜礼は、一人で帰る時間が好きだった。しんとした、独特の雰囲気がある下町の夜は嫌いじゃない。雑多に絡みついている鉄パイプが影絵のようで、荒れている印象が薄らいだ。

夜だけは、下町を美しいと感じた。


気分良く歩いていたのに、家に近づくにつれて大勢の気配がした。ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。亜礼は顔を顰めた。下町は思うより反響が酷い。ちゃんと考えて話せよな、と思った。なんとなく苛立って、誰が話しているのか見てやろうという気になった。


話し声がする方向に足音を忍ばせて行く。声は4、5人ほどだ。

ーーあれ。

目を凝らすと、男が5人、狭い場所に肩寄せ合って座り込んでいた。

亜礼は首を傾げる。うち1人、見たことがあるような気がする。

ーーあ、あいつだ。

思い出して、亜礼はまた顔を顰めた。やたらと同情してきた、仕事仲間の男だ。暗くてよく見えないが、なにやら深刻そうな顔をしている。周りの男も同じく、張り詰めた顔をしていた。

なんなんだろうと興味が湧いて、じり、と少し近づいた。ぼそぼそと途切れ途切れに話す声が聞こえる。


ーーじゃあ明後日は。

ーー駄目だ、その日は予備警察が。

予備警察、と不穏な言葉が引っかかる。亜礼は知らず知らずのうちに少しずつ近寄っていった。まさか、と動悸が早くなる。


「誰かいるのか」

突然、声がはっきり聞こえた。


ぎょっとして、亜礼は慌てて身を引いた。かなり際どいところまで進んでしまっていた。

ばれたかな、と亜礼は冷や汗をかく。男たちはしんと静まり返っていた。亜礼はその場を動けず、じっと身を固めている。


「ーー誰もいないようだが」

別の誰かがそう答えて、そこで亜礼はほっと息を吐き出した。


いつの間にか息を止めていた。道理で苦しいはずだ。浅く息を繰り返しながらじりじりとその場を離れる。


これは、と亜礼は確信を覚えながら駆け足になる。


ーー決行は明日。異論はないな。


男のうち1人がそう言った。なにを、なんてそんなの訊かなくても分かった。


亜礼はばくばくと鳴る心臓を抑え、足音を殺しながら走る。

亜礼は家に走りこんで、そこでようやく息をついた。

家は相変わらず真っ暗だ。手探りでスイッチを入れようとして、途中で手を止めてそのままずるずる座り込んだ。


ーーそっか。


テロリスト。下町にはお馴染みの、馬鹿の代名詞のような存在だった。


あのお人好しは、テロやるんだ。


亜礼はどきどきする心臓を抑えた。巻き込まれないように気をつけないと、と冷静に考えつつ、どこか焦燥感を感じる。


テロリストは大体捕まる。亜礼もその瞬間はたくさん見てきた。野次馬が馬鹿にするような目で見ていたから、亜礼も真似した。


ーーわざわざ死ににいくもんだよな。


朔弥はそう言っていた。亜礼もそうだな、と答えた。


でも、いつもいつも、胸の底でなにかが燻っている。どうしようもなく、焦燥感が湧き上がってくる。


なにかしなければ、俺も。


そんな気持ちになる。

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