家族

そのまま家にそれぞれ帰った。


朔弥は大金の入った財布からおそるおそる亜礼への手間賃を抜き出す。手が震えていて滑稽だった。あまりの額の金に緊張しているのだろう。

「掏り取られねぇように気をつけろよ」

からかい半分で亜礼がそう言うと、朔弥は大真面目に頷く。

「亜礼みたいな小悪党には盗られたくないからーー」

言ってる途中で亜礼は朔弥に蹴りを入れた。

逃げるように走り出して、朔弥は途中で振り返って亜礼に手を振ってくる。

「またねー」

気の抜けるような笑みを浮かべている朔弥を見て、亜礼は思わず笑ってしまった。

「またね」

そう言って、亜礼は家に向かう。背の方で、朔弥が駆けていく足音が聞こえた。


亜礼の家は70階建の3階だった。1階と2階が倒壊して、元々2階に住んでいたけれど勝手に移った。こんなに下の階が壊れているのに上の階が全く崩れないのは不平等だな、と亜礼は時々思う。

朔弥は100回建の5階に住んでいた。亜礼の家より居心地が良いから、仕事がない昼間は入り浸っている。正直に言って、亜礼は家にいるのが息苦しかった。


「ただいまー」

ドアを開けると、真っ暗闇だった。溜め息をついて、亜礼は手探りで電気のスイッチを押す。

ぱちぱちと、頼りなく点滅しながら電気が点いた。薄ぼんやりと廊下が見える。電球はまだ買えないな、と貯金の額を思い浮かべた。

「お母さん?いるよね」

腐った床板を踏み抜かないように慎重に歩きながら居間へ向かう。

居間も暗かった。亜礼は目を凝らして進む。居間の電気はとうの昔に切れている。

「お母さん」

居間の床で、倒れこむように寝ている母の姿が見えた。

「お母さん、起きて」

体を揺すると呻いた。亜礼の母の佳代かよは、いつもこうだ。亜礼が帰る頃にはいつも床に寝転んでいる。

「夕飯食べてないよね。俺、今日は一杯賃金貰ったんだ」

佳代には、窃盗のことは言っていない。佳代がろくに反応しないのは分かっていたが、それでも後ろめたさはあった。

「食べやすいもの作ろうか。夜中だけどーーなんも食べないより良いよね」

佳代はまた呻く。亜礼に背を向けるようにして寝返りを打った。

どうせ、起きてるんだろな。亜礼は諦めて揺するのをやめた。

「なら、布団に入ってよ。床で寝てたら体また悪くなる」

促しても、佳代は動こうとしなかった。亜礼は溜め息をつき、布団を引っ張り出して佳代の体に掛ける。布団は、亜礼が何年か前に上の階からのゴミから拾ったものだ。破れていたりするけれど、一番暖かい布団だった。

「おやすみ」

声を掛けると、まるで邪魔だというように佳代は膝を抱えて丸くなった。



亜礼は日の出とほぼ同時に目を覚ました。

亜礼は廊下で寝ていた。居間とは別にもう一つ部屋があったが、物置のようになっていてとても寝られない。

佳代を起こさないように居間に入って、そろそろと台所に向かう。佳代の朝ご飯と、自分のお弁当を作るためだ。暫く献立を思案した。

ーー昨日手間賃貰えたし、少し豪華にしても大丈夫だよな。

卵を使おう、と亜礼は決めた。下町では卵は貴重な食材だった。

佳代も喜んでくれるかもしれない。それを想像すると、少し気持ちが軽くなった。フライパンやら包丁やらをごそごそ取り出して料理に取り掛かる。


朝ご飯を作り終え、仕事に行こうと家のドアを開けた時、居間で佳代が起き上がった気配がした。



ーー何年話してないだろう。


こら、と怒鳴られて亜礼は慌てて歩き出す。

ぼんやりしてしまった。無意識に、火傷の痕が残る腕をさする。


母親の佳代とは、もう何年も話していない。いつも、亜礼がいる時は居間で寝ている。話す気は佳代の方にはなさそうだった。背を向けて、亜礼に対して明確な拒絶をしてくる。



佳代がああなったのは、のせいだ。



亜礼はぎり、と奥歯を噛み締めながら鉄骨を引きずる。


佳代は本当は、優しい人なのだ。亜礼を大事に思ってくれている。今話してくれないはあいつのせいだし、亜礼がちゃんと楽をさせてあげられていないからだ。


ーーごめん、お母さん。


いつかちゃんと、楽させてあげられる。贅沢できるようにしてあげるから。


そのために、亜礼は鉄骨運びをやるし、窃盗だってやっているのだ。

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