第15話:ただそこにある光

「お邪魔いたします!」

 やけに強い口調で言って、ファン子なる女子がリヴィングに入ってきた。俺は続き部屋の物置みたいな空間で古い椅子に座って膝を抱えていた。

「ファン子ちゃん、事情があって、あいつはここでの会話を聞けるがこの部屋には来ない。それは理解してもらえるよね?」

「もちろんです」

「じゃあ知ってることを全部教えてくれるか」

「はい! まず、ネット上では昨日の堕天使云々のコピペが流れた時点で、すぐに裏を取ろうとする動きと、鵜呑みにしてしまう人々、そして、音楽が素晴らしいから作った人間がどんな奴でも気にしない、と言うタイプに分かれました」

「裏を取る? 一般のリスナーがそんなことできるの?」

「やろうと思えばできる人間がいくらでもいます。幸か不幸か、数年前ツクリテ氏と思われる人物をその……宿を提供した、という人物が現れました。当然この時点では、フェイクだとか、悪意ある書き込み、名乗り出だとも思われましたが、その方は真剣でした。あの……そういったことが行われる場所で、ツクリテ氏はかなり強い印象を与えていたようで、名乗り出た方曰く、『何故ギターを売らないのか』と聞いたら、『これで音楽を産み続けないと自分は生きていけない』と答えたそうです。これは、ツクリテ氏の特有の言い回しであることは言うまでもありません。曲を『書く』ではなく『産む』というものです」

「確かにあいつはそう言うね。でもその名乗り出た奴だってそれを知っててあえて書いたんじゃないか?」

「当然、最初、他のファンはそう思いました。しかし、その方はツクリテ氏にギターを見せてくれ、と頼んだそうです。そしてそのテレキャスターというギターのボディの裏側に、『Good Luck』とこっそりマジックで書いた、と証言しました。これは新情報でした。すぐさま多くのファンが各種ライブ映像や画像からテレキャスのボディ裏を精察し、すぐに複数名のファンが、確かにボディの裏側、その端にそう書かれている、と証拠の画像をいくつもアップしました」

「凄いな……。ツクリテ、この話が本当なら、床を一回叩いてくれ」

 話に聞き入っていた俺は、慌てて拳で床を叩いた。確かに、その人のことは覚えている。最初はいたずら書きをされて不愉快に思っていたが、消すことはしなかった。

「じゃああいつのファンは、事実を知ったわけだ」

「そうです。だからといって去って行くようなリスナーなんかほっときゃいいんです。もちろん私含め、大変ショッキングな事実でした。また、こういう騒ぎに便乗するたちの悪い馬鹿共が、証拠写真と称して、ツクリテ氏の、そういったお姿の画像を続々とアップし始めましたが、これらは全て合成、偽物であるとファン側が完全に証明いたしました」

「それは……ファンってのは凄い、としか言えないな。ツクリテ、おまえ、自分が思ってる以上にたくさんの人に愛されてるぞ」

 目に涙がたまっていた。今日は泣き過ぎだ。いい涙も悪い涙も、平等に、ぽたぽたと足元に落ちた。

「そこでいったん落ち着きを見せかけたのですが、ツクリテ氏のバンドがこの件を理由にメジャーデビューの契約を破棄された、という情報が入りました」

「えっ! それまで漏洩したの? 関係者しか知らないような情報だろ?」

「関係者のひとりが、契約破棄に対して激怒し、自らの地位や進退を捨ててでも情報開示して、早急にファンたちにヘルプを求めたんです。そして、僭越ながら私がリーダーとなって、署名活動を開始いたしました。別のレーベルからメジャーデビューできるよう呼びかけたところ、複数の大手レコード会社から返答があり、ネットの投票アプリ、そして他のバンドのライブ会場で多くのファンが、直筆の署名も集めました。これは現在進行形の話です。私の当初の目標署名数は一万人でしたが、それは一時間七分で突破いたしました」

「一時間で一万?!」

「はい。ちなみに、現在この瞬間には、ツクリテを救えという別の団体も発足され、私がそこと提携したことで、署名数はさらに伸びました。特筆すべきは、その後の展開です。事情を知った他のバンド、大御所と呼ばれるバンドから対バンで親交を深めていたインディーズ・バンドのメンバーたちが、署名運動に賛同した、または自分も署名した、とSNSで表明したのです。これで数字はぐんと伸び、現時点で六万七千以上の署名が集まっていますが、これからまだまだ伸びると私は確信しています。それにそもそもツクリテ氏のバンドは複数のレーベルが争奪戦を繰り広げてあの会社と契約を結んだのです。ここぞとばかりに多くのレコード会社が再度争奪戦を始めるのは時間の問題でしょう」

「絶句だよ、ファン子ちゃん……! すげえ、すげえよ、なあツクリテ、おまえは、おまえの音楽は、こんなに多くの人に愛されてる……!」

 おっさんはまるで自分が命を救われたかのような声で叫んだ。

 俺は立ち上がった。


「ファン子、さん」

「え、あ、ワタクシですか?! はい、何でしょう!」

「本来なら、直接眼を見て御礼と、感謝の気持ちを伝えたいです。でも俺は、女性が苦手です。だからこのドア越しになってしまいますが……ありがとうございます。本当に……、ありがとうございます。他の方にも、どうかよろしくお伝えください」

「かしこまりました! では私からも、ファンたちがどう言っているかをお伝えしてもよろしいでしょうか?」

「ファン、から……?」

「はい、たったひとこと。『ファンの底力なめんじゃねえ!』」

 何も返せなかった。俺は、自分は単なる作り手で、そこにばかり固執していた。受け手のことをちゃんと考えていなかった。

 曲を『産む』だけじゃなくて、もっと大事にして、慈しんで、育ててやりたいと、ただ純粋に、そう思った。

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