天使の矜持
第13話:つむじ風
杞憂じゃなかった。
一番恐れていたことが、こんなに早く襲いかかってくるなんて。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
俺はまた、捨てられるのか。
俺が汚れてるから。
「いいから眼を開けろ! 俺を見ろ!」
おっさん……今回ばかりは、もう——
「いいか、俺は何があってもおまえとおまえの作る音楽を護るぞ。絶対に。それだけは忘れるな」
おっさんは俺の目の前のテーブルに腰掛けて、まっすぐに俺を見た。
「今からおまえに、すげえ苦しい質問をする。でもそれはおまえをいじめたり傷つけるためじゃない。ちょっと頑張ってくれ」
わけが分からなかった。あの写真を目にした瞬間から俺の意識はほとんど機能していない。コージとアカシが来たのは分かった。え、なんであいつらいないんだ?
「最初の質問。おまえは、こういう写真を撮るような奴としたか?」
「な、何言い出すんだよ……」
「エグい質問だってのは俺だって分かってるよ! でも違和感があるんだ!」
おっさんは必死の形相だった。この人、怒るとこんな顔するんだな、なんてぼんやり思った。
「質問に答えろ」
「……撮るっていう奴とはしてない。でも隠し撮りなんかはいくらでもできる、かもしれなかった」
「分かった。答えてくれてありがとな。次、おまえがこの事情を話してくれた時の印象なんだけど、そういうことは一対一のイメージだった。いつもそうだったか?」
何が何だか分からないまま、俺はコクコクと頷いた。
「じゃあ最後の質問」
おっさんはそう言って、握っていてくれた手を俺の頭にぽんと置いた。
「おまえ、へそピアスと、へその真上にほくろあるか?」
「……え?」
「ピアスは、もし昔しててやめたってんなら分からないけど、俺はおまえのへその上にほくろがあるなんて知らない」
「ピアスはしてない、耳もどこも、したことはない。でも、え、ほ、ほくろ?」
「自分で見られるか? よかったらシャツちょっと上げてくれ」
俺は言われるがままに、来ていたTシャツを少しまくった。
「……ない」
おっさんの顔に、この状況には有り得ない表情が浮かぶ。
おっさんは眼に大粒の涙をためて、笑っていたのだ。
「ツクリテ! この写真はフェイクだ! 最初に見た時から違和感はあったんだ。見たくなくてちゃんと確認してなかったけど、この身体はおまえじゃない! 顔だけおまえに加工してあるだけだ! それにこれ、男が複数人いる! これは偽物だよ!! おまえじゃない!!」
「で、でも……、俺がそういうことをしてたってのは事務所側も知ったわけだし、も、もしかしたら本物の写真が出てくるかもしれないし……」
俺は恐怖という名のつむじ風の中心にいる気分だった。三百六十度を脅威で包囲されてて、恐くて、痛くて……
「天使さんよ、おまえのロックへの熱意はこんなところで投げられるようなもんだったか?」
思わず顔を上げた。
「おまえ、身体は仕方なくだったけど、ギターだけは売らなかっただろ。そんなことできる奴、多分あんまいねーぞ?」
俺は……。
「スマホ寄越せ、写真の件を連絡する。あと、おまえの過去についても、どう乗り切るか、レコード会社に伝える前に慎重に考えた方がいい」
言うがいなや、おっさんは俺の膝に置いていたスマホ取り、電話を始めた。
話しながらおっさんは、立ち上がってこちらに背を向けて隣室に向かった。
俺は恐怖故か、泣きすぎたせいか、そのままソファで眠りに落ちた。
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