第11話:勃発

「なあ、おっさん」

「ん?」

 その日、珍しく時間が空いたからと、俺とツクリテは一緒に昼メシを食っていた。ただの炒飯だけど。

「最近なんか、その、お友達とかいう人と仲良くしてる?」

「ああ、うん」

 まさかおまえの話で盛り上がってますとは言えないので、適当に返す。

「女?」

「え? うん、若い子」

「じゃあ俺、こっから出てくよ。メジャー行きも情報解禁すぐだし」

「はぁ?」

 思わず、物凄く間抜けな声が出た。

「悪いけど俺、日本語しか分からないから、翻訳してくれ」

「だって、その人と一緒に住みたくなるかもしれないだろ? 俺、邪魔じゃん」

「はぁぁぁぁああ?」

 今度は怒りというか憤怒というか、とにかく頭に血が上った声が出た。

「友達だって言ってんじゃん。別に付き合ったりとかじゃないし、単なるお茶仲間だぞ?」

「いや、でも……」

「あのさぁ」

 気づくと俺は立ち上がっていた。

「おまえ、『それ』を治さないとこの先も辛いことばっかだぞ?」

「何だよ、それ、って」


「切られるのが恐くて自分から切る癖」


 ツクリテの顔がピシリと凍り付いた。


「あーもう俺、自信無くすわ、プライド削られたわ。俺のことそんなに信頼できない?」

「ちげーよ。ただ……メジャーでもし売れたら、おっさんに迷惑がかかるかもしれない」

「どーんーなー?」

「ファンがここ来たり、その、俺とその、そういう関係だとか思われたり」

 すでにファン来てますとは言えない。

「別に、そういうのってアレだろ、有名税ってやつだろ。それにここには防音室がある。いつでも曲書けるようにシェアで住んでるとか、いくらでも言えるだろ。それに、俺は業界のことは分からないけど、偉い人とかに言って上手い具合にガードしてもらえないのか? 確かマネージャーの人はおまえの過去、知ってるんだろ?」

 ツクリテは黙り込んだ。

「それに俺は他人にどう思われようと全然気にしねーけど。まあ、もし俺とおまえが不純同性交友に励んでるとか誤解されて、そのせいでおまえが音楽を作れなくなるなら、俺も考えはする。でもそんなんこの時代犯罪でもないだろ。実際、同性愛者だってオープンにして活躍してる人ら、結構いるじゃん? そういう関係だって誤解されてその誤解が障壁になるなら開き直ればよくね? 別に俺、ゲイとか思われても気にしねーし?」

「……なん、で……?」

 ツクリテは俯いてしまった。

「なんでそんなに……優しいんだよ、おっさんは。俺のこと買いかぶってね?」

「まあ、守護神だからかな」

「は?」

「おまえ、ロックの天使なんだろ? 俺は天使を護る守護神。俺の方が偉い。だからおまえはここにいろ。はい決定」 

 ツクリテは目を見開いた。

「待って、おっさんなんで天使の件知ってんの?」

「実は、ちょっと音楽雑誌見ちゃった。おまえすげえな、雑誌の表紙とかマジ喫驚したわ」

 すると、ツクリテは今までにない顔をした。

 耳まで一気に赤面したのだ。

「あ、ああいうの、恥ずかしいな、見られるの……」

「おまえが嫌なら見ないけど、チラッと読んだだけでもなんかものすげー評価されてたから、その、メジャーデビュー? 俺はよく分かんないけど、それを望んでる人がいっぱいいる感じでさ、俺もすっげえ嬉しかった」

 俺がそう言うと、ツクリテは俯いたまま、何か言いたげに口を動かした。

「……れよ」

「ん?」

「明日、インディーズバンドとして最後のライブがあるんだ。メジャーデビューもその時に宣言する。そん時さ、おっさん、来てくれよ」

「え、行っていいの? マジで?」

 俺が喜んで声をうわずらせると、ツクリテは不思議そうな顔をした。

「え、見に来たくないんじゃなかったの?」

「え?」

「え?」

 一瞬、沈黙が落ちた。

「え、えと、俺はそのライブっていう演奏会みたいのは、前からすげえ行きたかった」

「え? 俺は、おっさんが見たいって言わないから、興味ないのかと思ってた」

「いや、おまえが誘ってこないから見られたくないのかと……」

 そこまでお互いたじたじになって言い合い、結局二人して笑い出してしまった。こんなに二人で笑ったことはなかったって思うほどに。

「じゃあチケとパス渡すよ。コージとアカシも挨拶したいかもしれないし」

「チケって何? パスって何?」

「入場チケットと、バックステージパス。楽屋に来ていいよっていう通過許可証的な」

「わー! やった! えーと会場はどこ?」

「恵比寿リキッドルーム。他のバンドも二組出るけどね」

「へぇ〜、楽しみだ! やっと生で歌ってるおまえを、他の人らと一緒に見られるのか!」

 俺がウキウキしてそう言うと、ツクリテはまんざらでもない顔をしていた。



『事件』が起きたのは、その数分後だった。

 俺はルンルンと皿を洗っていて、ツクリテに事務所の人から電話が来たので鼻歌を止めた。

「ど、どういうこと、ですか……?」

 ツクリテが深刻な声でそう言った瞬間、俺は何かを察知した。

 何か、有害なものを。

 何かが、起きた。何故か、分かった。


 俺は手を洗って食卓のツクリテの隣に座った。するとぶるぶると震える手でツクリテは俺の手を握ってきた。


「何ですか、写真って。どうなってるんですか? コ、コージとアカシも知ってるんですか。お、俺は、俺はどうすればいいですか、明日のライブは……え、もしもし? もしもし?」


 ツクリテの顔面は蒼白で、俺の手を握る力がどんどん強くなった。

 一方的に切られたと思われる電話からは、ツーツーツーといういつもの音が鳴っていた。

「おい」

 俺が呼びかけてもツクリテは固まったままだった。それでいて、握力は正直痛いほどに強まっていた。

「おい! 何があった!」

 俺が大声を出すと、ツクリテはスマホをこちらに寄越した。

「……メ、メールが……」

 俺はツクリテの手からスマホを奪い、メールアプリを開いて新着メールを開いた。


「……な、んだよ、これ」


 胃液が逆流して吐きそうになっていた。

 文章も添えられていたが、俺は添付されている画像を目にした瞬間、部屋の灯りが消えたのかと思うほど、目の前が真っ黒になった。


 それは、ツクリテが様々な男に犯されている写真だった。

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