怖れ、或いは誰がしかの肌

第4話:『産む』

「おまえさ、もうちょっと愛想よくできねーの?」

 スタジオ近くの店でインタビューを終えた後、ドラムのコージが俺の背にそれを吐く。いつもの台詞だ。もう聞き飽きた。

「これからメジャー行ったら露出も相当増えるじゃん? フロントマンがそれでどうするよ。そういうキャラで売りたいわけじゃないとか言うけどさ……」

 俺は歩くペースを速めた。コージの声もミュートした。俺の特技。自分の中の音楽に集中すれば周囲の雑音なんて聞こえなくなる。

 秘密基地みたいな地下のスタジオに戻った俺らは、楽器を手にする前にさっきまで録ってた曲の各々のパートを確認し、プロデューサーやマネージャーの意見も聞いて、『この子』を『どう産むか』を話し合った。


 これは俺独自の言い方で、コージもベースのアカシも気味悪がってるが、俺にはこれが一番しっくりくる表現だ。よく、インスピレーションが『降りてくる』っていう言い回しがあるけど、俺はそういうタイプじゃなくて、俺自身のずっと深いところに『芽生える』って感覚がする。

 コージなんか、俺が新曲を持ってくと『また孕んだか』なんて半分笑って言うけど、俺は気にしない。

 何故ならこれが俺だから。

 俺は自分に才能があるなんて考えたことはない。一度も。微塵も。

 だけど、俺には自分の中に芽生えた音楽を『産み出す』必要があって、幸い俺にはその環境と能力がある。それだけの話だ。



 諸々を終え、とりあえず今夜は解散となって、俺は終電に乗った。少し後悔している。最後の二時間はほぼ俺のわがままで引き延ばしてしまったからだ。おっさんはおそらく正しい。俺は頑固だし、音楽に関してだけは神経質かもしれない。

 そのおっさんだが、帰宅すると妙に上機嫌で、キッチンで皿を洗いながら何か口ずさんでいた。あ、俺の曲じゃねえか。

「お、ツクリテ様のお帰りだ」

 一瞬皿を洗う手を止め、おっさんはぱっぱと指の水滴を振りながら言う。

「メシは?」

「あー、忘れてた」

「お好み焼き作ったから、レンチンして食えよ」

 何だか嫌な予感がした。お好み焼きは俺の大好物だ。俺が頼んだ時だけ作ってくれることが多いが、自分から作って、しかもおっさんの顔は妙にピースフルで、無精髭だけが顔面で違和感を放っていた。

「おっさん、今日なんかあった?」

「いや別に。スタジオどうだった?」

「スタジオ作業は問題ないんだけどな……」

 すぐさま察したようで、おっさんはまた皿を手に取り、


「おまえはおまえでいいんじゃね? 素人の俺に言われても説得力ないかもだけど、おまえの音楽は本当に素晴らしいし、それさえ貫けばおまえの人格がどうとか、言動がどうとか、そんなもん些末な問題だよ。そもそもそんなもんに振り回される客っつーかリスナーが悪い。煽るメディアも悪い。たとえおまえが人間として最低であろうと、おまえの音楽は一ミリたりとも汚されない」


「……荷物、置いてくる」

 俺は俯いてそれだけ言って、ギターを背負い直して階段に足を掛ける。


 なんで。


 足の裏に力を入れ、俺は自室まで駆け上がった。

 なんであのおっさんは、こんなに俺のことを買ってるんだ?

 なんであのおっさんは、俺が欲しい言葉を俺が欲しいタイミングで言うんだ?

 しかも狙ってない、あれは。素だ。

 苦しくなる。

 六畳の自室に入って、灯りを付けてドアの鍵を閉める。

 殺風景な部屋だ。窓際にシングルベッド、向かいにデスク、床にちょっとした録音機材、本棚がひとつだけ。『産む』ための機器やCD、レコードなどの音源は、おっさんが立ち入らない一階の防音室に置かせてもらっている。

 俺はギターを置き、ベッドに座って溜め息をついた。

 ダメだ。俺は、俺の中にいる『こいつら』を『産んでやる』ことだけを考えていないと。

 じゃないと俺はダメになる。

 俺は多分、それを何よりも恐れている。

 泳ぐことをやめたら死ぬ魚みたいに、俺は必死で『産み続ける』。

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