第二話 残滓②

 力に反応して扉がゴゴゴと音を立てて開く。魔術も錬金術も詠唱というのものが存在するが、いずれも初心者向けのものだ。初めてその術を使ったときにどのような匙加減で内にある力を放出するか。それを一種の芸術として詩で表したものが詠唱なのである。なので高位の魔術師ともなると殆どが無詠唱だ。更に近年流行りの魔導機器なんかは力を込めるだけで効果をなすものが多く、滅多に詠唱を行わない。そして錬金術というのは魔導機器と同じように仕組みを作ってから力を込めて何度も使うというやり方が常なので、詠唱は本を見て読むことができれば充分らしい。今トバリの目の前にあるエレベーターが良い例だ。ハグミットまで運んでくれるそれは、魔導機器よりも圧倒的に効率良く動く。これで百五十年上前のものだと言うのだから恐ろしい。


「そもそも魔術は零から一をつくるもの、錬金術は一から百に変化させるものじゃ。全く性質が違う。」

「得意、不得意があるってこと?」

「そうだ。魔術は大きいものを動かすのに向かん。効率が悪すぎる。かと言って錬金術じゃあ原動力を作るのが難しい。だから、一番良いのは魔術で一を作りそれを錬金術で百に、いや、千まで昇華させることだ。」


 目の前の大男はトバリにそう説く。彼の名はミンといい、かつて教師をしていたため『教鞭をとってはいけない男』らしいデニの代わりにトバリにこうして錬金術を教えてくれているのだ。年老いてもなお鋭い目つきには、決して本気で怒らせてはいけないと本能的に思わせられた。熱く語ってくれていたミンが突然はっと顔を上げる。


「ところでお前、来て早々矢継ぎ早に質問する熱心さは関心だけれども、昨日言った場所の残滓の回収はどうなんだ。」

「うん。終わってる。明日はどこに行ってくればいいの。」

「よくやった。次は南南東だ。地図に描き込んでやる。」


トバリが取り出した地図にミンが点を打ち込む。一箇所、二箇所、………六箇所。また炎天下で探しものか、とトバリは少し顔をしかめる。しかしこれが自分の知識欲を鎮めてくれることへの対価なのだからしょうが無い、と潔く諦めた。


 彼らの願いというのは当時の王に命じられ設置した錬金術で作られたものの無効化、つまり込められた力の回収だった。術の特性故か寿命が恐ろしく長い代物のため、ただの置物といえどもトバリのような人間が念じれば簡単に起動してしまうらしい。さらに言えば、念じずとも力が何かの拍子に暴走してしまう事が無きしにも非ずという事らしいので念には念をということなのだろう。デニ曰く、年寄りは心配性らしい。


「それにしてもトバリは知識の吸収が早い。俺はこんな優秀な生徒を初めて持ったぞ。」

「じゃあ遠くからでもざんし? の場所がわかるコツ教えて下さい。」

「いいぞ。今のお前ならできるだろう。」


ミンが自分のキューブを取り出す様子に思わずガッツポーズをとってしまう。これで残滓の回収は何倍も楽になるだろう。その他にも沢山の錬金術を教わったあと、トバリは日が暮れる前にハグミットを出た。

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