第二話 残滓

 お茶漬けを口に掻き込んで、サッサと用意してハグミットに行く。それはもうトバリの日課になっていた。一人暑い部屋でじっとしているなんて退屈で仕方ない。それにあそこに居る人たちはとても優しく、母と中々話すことができない寂しさを行くだけでも紛らわせてくれるのだ。

カバンの中にしっかりと大事な魔導書と、それから黒いキューブ、『賢者の石』が入っていることを確かめる。


「あ、お弁当!」


テーブルの上に置いてある母が用意してくれた物も慌ててカバンの中に入れる。嘘をつくのは心苦しかったが、友達と毎日森まで探検に行くのだと言って以前は冷蔵庫に作り置いてくれていたものを箱に詰めてもらったのだ。母はそれを聞いて当然ながら少し嬉しそうにしていた。

本当はクラスメイトに無視されているなど、言えるものだろうか。少し暗い気持ちになってしまったのを振り払うように、トバリは誰もいないリビングで一人「行ってきます」と呟いた。



 ハグミットの正式な入り口は森の近くにある神殿跡の井戸の中にある。人類歴千六百年に起きたここバルツが起こした大戦によって壊されてしまったもので、以来放置されているのだ。好々爺ことデニに渡された地図をもとに初めてそこを訪れたときは井戸も石や砂で埋まってしまっていたため、トバリは農業などで使われている便利な土魔法を応用してどうにか掘り出した。現れたハシゴを使って地下深くまで降りたらそこに錬金術を使用しなければ開くことのできない人一人がぎりぎり通ることのできるような小さな扉があった時は妙な興奮を覚えた。トバリは暫くその感慨に浸るようにじっくりと眺めてしまったものである。


「抱擁の神よ。」


錬金術を使う感覚は魔法を使うときとは似て非なるものでなんとも形容し難く、内から溢れた力は暖かく身体を包むように広がる。それをまるで誰かに抱き締められているようだとデニに伝えれば、「錬金術の守護神は、許与の神の他に、抱擁の神と呼ばれることもあるからなあ。トバリはそちらの方が感覚として分かりやすいのかもしれん」と教えられた。以来力を使うときはこの唱え方にしている。



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