二人の世界(3)


穂花がここで暮らすようになって、二度ほど舞の母親が訪ねてきたが、舞は、玄関先でプリントを渡すだけだった。


夏休みに入る直前、舞は大量の袋麺と日用品を買い込んで帰ってきた。


「こうしておけば、ほとんど外に出る必要ないし。家でゴロゴロしてた方がお腹が空かないから、効率がいい」


 穂花も、舞と生活するようになり全く外出する事がなくなってからは、一日一食で十分になった。


 昼夜がわからなくなるほど、一日中微睡んで過ごす。これだけやる事がない中だと、勉強は実は娯楽だったのだという事に気づいた。

 舞と一緒に、寝っ転がりながら大学入試の赤本などを解いていくのは殊の外楽しい。

 特に数学の問題は、パズルを解いているみたいで、自分で解けるようになると飛び上がりそうになる程嬉しかった。


「勉強が楽しいって、もっと早くに気づいていればよかった」


「多分、ほかに楽しい事がありすぎたんじゃない?

 漫画とか、ゲームとか」


「そうだね、多分」


 舞と四六時中二人きりで過ごすようになってからはたくさん話をした。

 舞の過去の話を聞くと、泣きたくなったが、本人があまりに淡々と話すなか、当事者でもない穂花が涙を流すわけにはいかなかった。


「死ぬまでに何かしたいことある?」


 不意に隣で寝っ転がっている舞に聞かれて、少し考えた後、穂花は答えた。


「……恋がしてみたかったな」


「恋?」


「うん。少女マンガみたいに、好きな人がいて、目が合うだけでドキドキして、話したりとか、ちょっとすれ違ったりするだけで嬉しくなっちゃうような、そういうの」


 舞が小さく吹き出した。


「穂花は、可愛いね」


「やだ。そんな言い方。

 だって、舞ちゃんは告白とかされてたでしょ?」


 舞が少し考え込む。


「……あったけど。

 基本的に自分より馬鹿はイヤだし、自分よりも成績が良い人なんかは敵としか思えなかったから」


「ダメじゃん」


「うん。ダメだね」


 向き合って笑い合う。

 本当は、きっと男の子に恋をするより、舞とこうしている方が絶対に楽しい。


「じゃあ、してみる?」


 舞がいたずらっぽい目を穂花に向けた。


「何を?」


「恋人ごっこ」


「え?」


 舞が穂花の頰に手を当てて、軽く唇を重ね合わせた。


「どう?」


 ただ、それだけの事なのに、急に舞と目を合わせるのが恥ずかしくなった。


「ドキドキする……」


「可愛い」


「舞ちゃんは、……レズなの?」


「別に。

 多分、そういう区別がないだけ。

 穂花は、嫌?」


「……嫌じゃない」


 何度か啄むようなキスをされると、意識してしまい、どんどん顔が赤くなる。


 舞は穂花の頭を優しく撫でた。


 身体を触られるのは、不快でしかなかった。特に、アユミの部屋に連れ込まれてからは、触れるだけで鳥肌が立つほど人との接触を嫌悪した。


 でも、舞は違う。

 最初に抱きしめられた時から、その温もりは心地よかった。


 終わりを決めているせいかもしれない。


 生まれてから、こんなに穏やかで幸せな毎日を過ごしたのは初めてのような気がする。

 穂花が横を見れば舞の顔があり、求めればキスをしてくれて、優しく頭を撫でてくれる。


多分、今まであったどんな人よりも、男とか女とか、そう言ったことは全て関係なく舞の事が好きだ。でも、それをあえて伝える必要もない。


だってもう、全て終わるのだ。

舞にとって、穂花以上の存在が現れることは決してない。

こんなに絶対の信頼をおける恋人がいるなんて穂花くらいのものだろう。


その日を迎えるのが、楽しみで、そして、この生活が終わるのが寂しい。

朝夕にツクツクボウシの鳴き声を聞くようになると、次第に二人とも無口になり、ギュッと手を握り合った。


 

約二ヶ月。

二人は、その6畳の和室からほとんど出る事なく過ごした。



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