二人の世界(1)

「帰る?」


 穂花が落ち着くと、舞は穂花を部屋にあげ、その顔を覗き込んだ。もう時計の針は九時をまわっている。


「……一人暮らしなの?」


 穂花は舞の質問に答えず、小さな声で尋ねた。


「まあ、……そんな感じ」


「……ここに、いちゃ駄目?」


 すがるような目を見て、穂花は家にも居場所がないのだという事を舞は悟った。


「いいよ。ずっといてくれて。

 ただし、私のお願いを聞いてくれるならね」


「お願い……?」


「私を殺してくれる?」


「え?」


 その反応が普通だろう。

 最初に驚く事をいい、後で条件を下げるのは交渉のテクニックだ。


「正確には、最後に背中を押してほしいの。

 どう?」


 穂花は、少し時間をあけた後、真剣な目で舞を見つめた。


「……私も、……死にたい……」


 舞は少し考える。

 穂花が死にたがる理由はわかる。

 二人なら、途中で怖くなってやめたいと思っても、やめられない状況に追いやる事が出来る気がする。


「いいよ。じゃあ、一緒で」


「……本当に?」


「いいよ。じゃあ、そういう約束ね」


 舞はニコリともせずにいい、手提げから図書館から借りてきた本を取り出した。

 穂花は流石にお腹が空いてきたが、舞にそれ以上図々しい事は言えない。


 その時、ふっと舞が顔を上げた。


「そこの棚に買い置きの袋麺があるから、好きに食べて」


「ありがとう」


 頷いて、棚というかカラーボックスを見ると、袋麺しかなかった。


 ガスレンジの上には、多分その袋麺を調理するための取っ手付きの小鍋が乗っている。そして、箸立てに箸が一膳。

 しかし、ほかに食器が何もない。

 コップすらない。


 あまりにも物が少なすぎる。


 家電でいえば洗濯機と、エアコンはあるのに、冷蔵庫、テレビなど、どの家にも普通はあるものがない。


 詮索してはいけない。

 穂花は頭を横に振って、袋麺を作った。


 二人は布団もしかず畳の上でお腹にバスタオルだけをかけて眠った。

 翌日、舞は当然ながら穂花に学校に行けとは言わなかった。


「あいつらに見つかりたくなかったら、部屋から出ない方がいいよ。

 あと、他に誰が来ても開けないでね」


 そう言って、舞は学校に行った。

 テレビも、漫画もないその家に、娯楽はほとんどなかった。


 一緒に生活するようになってわかったのは、舞はとても慎ましい生活を送っているという事だった。学校がある日は舞は家で食事をしない。


 休日も、お昼に袋麺を食べるだけ。

 でも、舞は毎日学校帰りに穂花のために菓子パンを、買って来てくれた。


 学校のなかで穂花からみた舞は、博愛主義で、笑顔を絶やさない完璧人間だった。どれだけ男子に酷い事を言われても、笑ってあしらえる大人の女性で、優しくて、理想的な女の子。


 でも、ここでは、全く笑顔を見せない。学校のように、態度も言葉も親しげな様子がない。

 でも、なぜか、この家での舞の方が、穂花にとっては暖かく感じられた。


「宮内さんは……」


「その呼び方やめてくれる?

 その苗字、嫌いなの。

 舞でいいから」


「舞……ちゃんはどうして死にたいの?」


「別に。

 理由なんている?

 生きていたくないだけ」


「……かっこいいね」


「……べつに」


 舞はにべにもなくそう答え、いつも通り本に目を落とした。


 穂花にとっては舞の生き方は全てが輝いて見えた。全てを自分で選択している。穂花のように受動的に動いてるわけじゃない。

 意思というものは、こんなにも強さと気高さを伴うものなのだ。


 一方の舞は、穂花のために、毎日菓子パンや袋麺を買うお金について悩んでいた。貯金に手をつければ、なんとかなる。


 でも、自分が望んだ死地に二人で行く交通費を考えると、仕送りだけでは足りない。


 父を呼ばなくては……。


 舞は、コンビニに設置されているこの辺りの唯一の公衆電話から電話をかけた。

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