里中 穂花の世界(3)

 家に帰ると、案の定母に頰を叩かれた。


「あんた、また何やってんのよ!

 始業式サボったんだって!

 お前みたいな、恥さらしうむんじゃなかった!」


 頭や背中、ありとあらゆるところを平手打ちされる。

 どうせなら、もっと、包丁とか持ち出して刺してくれないのかな。この臆病な私がちゃんと死ねるように。

 陶芸家が失敗作を割るように、お母さんもこの不出来な私の事を処分してくれればいい。


 お父さんは、大抵深夜に帰ってきて、早朝に出かけて行く。

 土日以外はほとんど顔を合わせる事もない。でも、居たところで結局助けてなんかくれない。

 休日に、私のボロボロの顔を見ても「勉強しなさい」以外の言葉をかけてはくれないのだから。



 翌日、登校すると、奇妙な事が起こっていた。

 誰も私に罵声を上げないし、むしろ怯えたように様子をうかがっているのがわかる。


 昨日、教室に入る事なく帰ったせいで、自分の席がわからない。


「あの……、里中さん、席、ここだよ」


 小学校の時から、男子と共に私をイジメて笑っていた、佐々木さんが、自分の後ろの席を指差した。


 佐々木さんに『里中さん』なんて、先生がいない時に呼ばれたのは初めてだ。


「里中さん、私、別にイジメてないよね。ちょっと、イジリがきつかったかも知れないけど。

 別に、イジメたりなんかしてないよね?」


 必死で、説得するみたいな佐々木さんに違和感しか感じない。

 これは、また、別のタイプのイジメが始まるんだろうか?


「里中、ごめん。

 ちょっとやりすぎた。悪かった」


 男子が席を取り囲んでくる。

 怖い。

 一体、何なんだろう。

 どうして、放っておいてくれないんだろう。

 恐ろしくて、両手で顔を塞いだ。


 チャイムが鳴り、教室の扉が開いた。


 高松先生。


 今年も、高松先生だったのか。

 落胆する部分もあるけれど、高松先生が母に連絡するタイミングは予想がつく。そういう意味では、マシかも知れない。


「おはようございます。

 皆さんに、残念なお知らせがあります。

 クラスメイトの竹中くんが、入院してしばらく学校を休む事になりました。

 皆さんも、くれぐれも下校時一人にならないよう気をつけてください」


「入院って、何があったんですか?」


「下校時に不審者に襲われたのだろうという事しか。


 犯人はまだ、捕まっていないそうですし、本当にくれぐれも用心してください。


 では、今日の連絡事項は……」


 竹中くんが入院。じゃあ、しばらく学校には来ない。


 私は、最低なことにその事実を心から喜んだ。これでしばらく、彼からの酷いイジメを受けなくて済む。


 帰り道、校門の前でアユミが待っていた。


「よっ!」


「あっ、……」


 なんと言っていいか、分からずとりあえず頭を下げる。


「今日は平気だったろ?」


「はい……」


 ひょっとして、アユミが何かしてくれたんだろうか?


 気付くと、同じように教室を出たはずのクラスメイトが周りに誰もいなかった。


「ああいう粋がってる奴、シメっとマジで情けねぇぜ。


 ごめんなさぁい。もぅしませぇん、って泣きベソ垂らしてさ。

 マジうけっから、動画とっといた。


 他にも数人逃げてったから、もう、お前に手出しする度胸のある奴いねぇと思うぜ」


「あ、……ありがとうございます

 ……」


 私のためにわざわざ?

 こんなに、怖い見た目をしてるのに、アユミはなんて優しいんだろう。

 有り難くて、久しぶりに涙が溢れてきた。


「で、ちょっと付き合ってほしいんだけど」


 こくこくと、顔を上下に振った。

 私のためにこんな事をしてくれたのだ。アユミのためなら、なんだってしたい。役に立ちたい。


 そう思って、素直にアユミの後をついて行った。着いたのはとても古びたアパートだった。

 錆だらけで蜘蛛の巣の張った階段をカンカンと音を立てて登っていく。


「どこに行くの?」


「あたしンち」


 誰かの家に行くなんて、何年ぶりなんだろう。 友達になれたって、自惚れてもいいんだろうか?


「さ、入って」


 室内は外見と大差ないくらい寂れていて、酷い悪臭がする。

 ゴミが適当に散らかっていて、コバエがたくさん舞っていた。


 入ってすぐキッチンがあり、その先の半開きの襖から、和室にテレビが置かれているのが見えた。

 そして、その先にベランダがあり、衣類が干してある。とても、生々しい生活の匂いが漂っていた。


「おにぃ!次の、連れてきたよ」


 次?

 一体、……何?


 襖が、空いて、金髪の怖そうな男の人が出てきた。


 怖くて、アユミを見上げる。


「あたしの兄貴。

 あの、生意気な子供ガキシメたの、兄貴達だから」


 きっと、竹中くんの事だ。


「あのっ……、あ、ありがとう……ございます……」


 怖くて、声がどもる。


「感謝してる?」


「は、はい。……もちろん」


「じゃあ、ちゃんと礼してくんないと。

 こっち来いよ」


 アユミを見る。

 ……怖い。とても怖い。

 アユミはニッコリと私をみた。


「ほら、行きなって」


 私が震えてその場から動けずにいると、アユミに背中を押されて、6畳くらいの和室に入れられた。


「服、脱いで」


 アユミのお兄さんはタバコをふかしながら、私にそう命令した。


 これから何が起こるのか、何をされようとしているのか、私にははっきりとわかった。

 恐怖で全身が震えて動けない。


「お前、さっき俺に感謝してるっつったよな?」


 怖い。

 やだ、怖い!


「ほら、さっさとしなよ」


 アユミは後ろ手で襖を閉めている。

 ……逃げられない。


 ……そっか。

 そうだよ。私を助けてくれるような人、いるわけない。

 そんな価値なんてないって、自分でわかってたはずなのに。


 だから、女であるって事だけ、……身体だけが唯一支払える対価なんだ。


 どうせ、バイキンなんだ。

 どうせ、無価値なんだ。

 どうせ……。


 ここで逆らっても、結局、暴力を受けるだけ。


 もう、本当に、世界が滅んでくれたらいいのに……。

 自分で、心臓を止められたらいいのに。


 震えながら、自分で制服を脱いだ。


 そして、アユミはお兄さんと私の行為の一部始終を、スマホに収めていった。





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