宮内 舞の世界(1)

 13歳の私を一言で表すと、淫乱とか、ビッチとかいうものになるんだと思う。


 5歳で快楽を知り、10歳の時点で、性的な行為の最終地点に到達していたのだから。


 どれだけ幼い思い出を辿っても、母に愛された記憶がない。そして、本当の父の顔は知らない。

 他の友達は、普通に持っている赤ちゃんの時からのアルバムも、私にはない。


 私の記憶に出てくる最初の父親は、母の何番目かの夫で、ヒモで、所謂私の初めての人だ。


 幼いころ、幼稚園バスの送り迎えも、食事も、全てその父親に用意してもらっていた。そして、毎日、私と一緒に風呂に入り体の隅々を余すところなく入念に触っていく。


 その感覚はとても奇妙だった。私を触ったり舐めたりしながら、父親の呼吸が上がっていくのを見ていると、だんだん私も頭の中でぼうっとするような感覚を感じていく。

 特に、下半身をしつこく触られるとその感覚はとても気持ちがよかった。


 その時は、その行為がそんなにおかしな事とは思わなかった。幼稚園の友達も、結構な割合でお父さんとお風呂に入っていたのだし、普通の事だと思っていた。


 私がそれが異質だと気づいたのは、年中の時のプールの時間だった。


 私はお風呂の時のように、快感を感じる場所を幼稚園のプールの中で触っていた。それをみた先生は、悲鳴のような声をあげ、ものすごく青ざめた顔をした。


 そのあと帰りのバスには乗せてもらえず、園長室にお母さんを呼ばれ、今までにないほど怒られた。


 けれど、私は何に怒られているのか全く分からなかった。自分で自分の身体を、触る事の何がいけないのだろう?

 ただ、人に見つかってはいけないのだという事だけ、その時は心に刻んだ。


 小学校に入る頃には、父親に口淫の仕方を教わった。

 この頃から、私は父親とお風呂に入りたくない気持ちが強くなった。

 それまで、何度となく触られてきた事に対しても、強烈な嫌悪感を覚えた。

 そして、無理に口に咥えさせられた時には恐怖と怒り、憎悪、あらゆるネガティブな感情が自分のなかで爆発しそうになっていた。


 私は、あえてお母さんに見つかるように、脱衣所と風呂場のドアを少し開けて、声が漏れて聞こえるように細工した。

 作戦は功を奏し、お母さんは風呂場の私達を見て、めちゃくちゃに叩いて暴れまわった。


 それもとても恐怖ではあったけれど、これでこの行為から解放されると思うと、舞い上がりたいほど嬉しかった。


 すぐに父と母は離婚した。


 そして、父が出て行ったのはもちろんだが、母も、ほとんど家に帰ってこなくなった。


 家では食べられるものがほとんどないから、私は意地汚いほど給食をいっぱい食べた。


 でも、夏休みはそうはいかない。


 このまま、飢え死にするのかな?

 食べられるもの、味のあるもの、台所にあるものを片っ端から口に入れた。

 醤油や、油、酢、塩、味噌。


 この飢えを満たしてくれるものならば、なんでもいい。


 そんな状況の中、突然父がやってきた。


 父が消耗した私を見て、財布を見せた。


「ちゃんと、言う事が聞けるかい?」


 私はすがるような思いで、何度も頷いた。


 そして、私は父から食べ物を買うお金をもらう為に、父の言いなりになる事にした。







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