里中 穂花の世界(1)

 ……死にたい。

 何度そう願ったか、わからない。


 何で、どうして私ばかり、こんなにみんなにイジメられなきゃいけないんだろう。

 そもそも、このイジメという言葉はどれだけ人を惨めに叩き潰すんだろう。

 日常のとても些細な出来事なのに、『何そんな悲劇のヒロインぶってんの?』って自分の中からも責め立てる声が絶えず聞こえる。


 小学校の高学年になったころから、集団で無視され、何かを仕掛けられ、その都度笑われるようになった。

 最初は上靴を隠されるくらいだったのが、どんどんエスカレートしていく。

 画鋲や、ナイフ、釣り糸など、ありとあらゆるものが机周りに仕込まれて、怪我をして血を流す姿をみんなはただ娯楽として楽しんでいる。

 ……こんなに、苦しいのに。

 みんな、人が真剣に苦しんでいる姿を嘲笑うのが、楽しくて仕方ないのだ。


 学校に行きたくない。

 毎日のようにお腹が痛くなり、玄関先でうずくまる。


「穂花、あんた何やってんの?

 ちゃんと学校行きなさい!」


「お母さん、お腹がいたい」


「何、甘えた事を言ってるの!

 さっさと行きなさい!」


 母親は、どれだけ泣こうが、私のいう事など聞きはしない。

 悲しくて、苦しい。

 理解してくれる人もいない。


 ……死にたい。

 なのに死ぬのが怖い。

 毎日、ゴミ扱い、バイキン扱いされて、殴られたり、トイレに顔を突っ込まれたり。

 もう、本当に、ただ、この命が消えてくれる事だけをずっと神さまに祈り続けている。


 中学生になっても、全く状況は変わらなかった。ただ、今度は何度も母親が学校に呼び出されて、その度に母からも殴る蹴るの暴行を受けるようになった。


「あんたがしっかりしないのがいけないんでしよう!

 もっとちゃんとしなさいよ!

 イジメなんかやり返すくらいの気持ちでいればやられる事なんてないんだからっ!

 ほらっ、わかったらさっさと学校行けって言ってんだよっ!」


 決して、救われない。

 どこにも居場所がない。

 ……苦しい。

 もう、ずっと泣きすぎて、涙は枯れはててしまった。


 多分、他の人の目に映る私は人間ではないのだ。きっと、サンドバッグか何かで、そうして暴力を振るう事になんら戸惑いを感じないものなんだろう。

 むしろ、みんなそうして殴ったあと、自分の手が汚れる事を心配するのだから。



 二年になってすぐ。

 クラス替えの掲示板を見ていたら、クラスの男子に髪を引っ張られた。


「なんだよ!

 またサトナ菌と一緒かよ!」


 唇をぐっと噛み締め、もう、全てに逆らう事はせず、嫌がらせが終わるのをじっと耐えた。

 泥水を浴びせられ、始業式には出ず、顔や髪、手足を体育館横の手洗い場で洗っていると不意に声を掛けられた。

 鮮やかな茶髪の背の高い女性。


「あんた、二年?」


 ……怖い。

 怯えながらも、首を上下に動かす。


「イジメられてんの?」


 人から言われると、惨めさが倍増するようで、俯いた。


「助けてやんよ。何組?」


「……一組です…」


 溺れた先に、なんでもいいから助けてほしいと必死で掴んだ藁のようだった。

 でも、これも、新たな被害の始まりでしかなかった。






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