双つの都 10-29 暗躍する影
「なんだか知らねェけど、トルテやナルを殺されてたまるか!」
リューナは口もとを引き結び、跳躍すると同時に利き腕に力を篭めた。手のなかで剣の柄がギリリと鳴る。
残存している
崩壊を免れ、周囲に残っている罠――剣呑な魔法効果のある魔法陣の位置を素早く目で確認する。いま、リューナの遥か下まで床の気配はなかった。嵐雲のごとき黒々とした土煙舞う闇がわだかまって底知れぬさまは、まるでぽっかりと口を開いた手負いの怪物の
吸い込まれそうな眼下の光景から視線を前へと戻し、禍々しい妖剣を構えた敵を
「……
獲物を前にした獣のようなラムダの表情と唇の動きで、そう吐き捨てられたのがわかる。向けられた刃先は血を啜るかのごとき不気味な音を発し、獲物を切り裂きたくて
けれどその妖剣の
風――そう、ここには躍動している大気がある。闇の領域といえど、幻精界には現生界より顕著に現れる自然の理とさまざまな属性の干渉が存在している。魔法は、はじめから存在している
リューナは剣を握っていない左腕を眼前に構え、敵に向けて吼えるように叫んだ。
「そこまで単細胞じゃねぇぞ、舐めんなッ!」
叫ぶと同時に素早く腕を宙へ滑らせ、魔導の技による魔法陣を描き出す。然るべき動きで導かれた
「ディアン仕込みの魔導技の必殺剣……受けて後悔すんなよッ!」
空中を舞っていた埃や空気が凄まじい高音を立てて渦巻き、閉鎖された空間ではあり得ぬほどに力強い塵旋風を生じる。渦がリューナの跳躍を助け、加速を生じ、黒鎧の戦士が目を見張るほどの勢いとなった。
リューナの長剣が、常人の目には映らぬほどの速さで繰り出される。
ガヅリ! 周囲に舞っていた埃が一瞬で吹き散らされ、鼓膜がしびれるほどの衝撃音が響き渡る。狙い過たず、長剣の刃は黒鎧の肩に食い込んでいた。変則的なリューナの動きに相手は虚を突かれ、回避はおろか、その速度には妖剣での受け流しも間に合わなかったらしい。
「グァ……!」
叩きつけられた剣に利き腕の肩を押さえつけられ、屈強なラムダも堪えきれず片膝をついた。足もとの床に逆棘のごとき鎧の突起が突き刺さり、そこからビシリと深い亀裂が奔る。
腕に響いてきた手応えを感じ、リューナは一瞬、口もとを緩めかけた――が、すぐに表情を引き締める。
「おかしいぞ、コイツの鎧の下まで届いていねェ……?」
「リューナ!」
トルテの叫びがリューナの耳を打った。彼に注意を促すときの緊迫した声音――。
「うわッ!」
本能的に仰け反ったリューナの鼻先を、ビュッと何かが掠め過ぎる。妖剣の闇刃が凄まじい勢いで振るわれたのだ。湾曲した妖剣を巧みに操り、ラムダが接近戦に持ち込んでいた。
リューナの長い剣は近過ぎると不利だ。硬いブーツで相手の胸を蹴るように押しのけ、強引に距離を開ける。矢継ぎ早に突き出される切っ先を左右に逸らし、避けつつ場所を移動していく。
相手は重量のありそうな鎧をものともせず、身軽に動き回るリューナを追って、崩れかけた不安定な足場を踏みしだいてゆく。
「足場を全て崩しちまうつもりかよ! 逃げ道を断とうとしてんのか、それとも俺をトルテたちから引き離そうとしてんのか?」
余程鍛えているというのだろうか。先ほど肩に受けたはずの傷すら気にしているように思えない。逆に、足場のほうは確実に限界を迎えつつあった。リューナの剣やラムダの鎧の突起や重量に少しずつ削がれ、亀裂を生じ、砕けた箇所が増えてゆく。
リューナの攻撃は、確かに相手に何度も当たっている。だがラムダは衝撃に顔を歪めるだけで、致命的な傷を追った様子はない。相手の鎧そのものには傷が残るが、それだけだ――リューナは顔をしかめ、不自然な体力をみせつけてくる相手の腹めがけ、力任せに剣を叩きつけた。
体重を乗せた一撃を受け、ラムダが体勢を崩す。リューナはその隙に足場を移動し、相手との距離を開けた。まだ無事に残っていた通路に立って背筋を伸ばし、振り返る。
仕掛けるなら今しかない――リューナはあえて余裕げな表情を相手に向けた。これ見よがしに肩をすくめ、笑ってみせる。
「こりゃあ思ってたより強敵みたいだな。突撃ばっかりのおっさんだけどさ」
緊張感のない声で言い放ったリューナに、ラムダが赤を通り越した紫に顔色を変えた。歯をギジリと噛みしめ、リューナに妖剣の狙いを定めて床を蹴る。重そうな鎧をものともせぬ力任せの跳躍に、蹴られた床が砕け散る。
回廊と
リューナは瞑目し、顔をあげると同時に目を開いた。瞳の深海色の虹彩に魔導の白い煌めきが生じる。万物を構成している
腕は戦いに慣れた本能のままに素早く動き、雷撃のように襲い掛かってきた妖剣を揺るぎない刃で受け止めた。身を捻るようにして位置を変え、僅かな足場を踏みしめて長剣を振るう。
ギャリイィィン! 金属同士の衝突音と火花が散り、ラムダが衝撃に表情と体勢を崩す。相手の鎧がまた新たに砕ける――が、やはり致命傷を負ったという様子はない。
ラムダは
けれど妖剣が切り裂いたのは、ただの空――。
「何ッ!?」
驚愕したラムダが弾かれたように頭上を仰ぎ見る。リューナはすでに跳躍していたのだ。ラムダの発した怒声が轟き渡り、次いで力任せに床を蹴った音が響く。
リューナは勝ち誇ったようにニヤリと笑ってみせた――
背丈ほどに長い剣を手近な壁を叩きつけ、リューナは自分の跳躍の方向を変えた。そこへ凄まじい形相をしたラムダが追いつく。
黒鎧の男は勝ち誇ったように唇を歪め、リューナの目の前で嘲るような笑い声をあげた。空中へあるままの青年の腹へ突き入れるべく、禍々しい輝きを放つ剣を構える。
「今度こそ避けられぬわ! おまえの女もすぐに息の根を――」
黒鎧の戦士は最後まで言い終えることができなかった。
リューナは目前で爆発した凄まじい光量に、腕と剣で魔導の本質たる瞳をかばった。鋭敏な感覚に導かれるままに体勢を変え、足から壁へ衝突する。咄嗟に壁の突起を片手でつかんで落下を免れ、宙高くぶら下がった。全て、リューナの狙い通りだ。
「へっへん、ざまみろっての!」
リューナは威勢の良い声をあげた。
「そこで
ラムダは凄まじい唸り声で応えた。全身に力を入れて束縛から逃れようと暴れていたが、魔法の戒めは容易に破れないらしい。
魔導の技で長剣を右腕に収め戻し、足がかりを求めながらリューナはトルテの姿を探した。
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