従僕の錫杖 8-4 願いを込めて

 広場の中央にあるシンボル塔から、星や光の粒があふれ、ふわふわキラキラと流れはじめた。


 魔導による『仕掛け花火トリックスター』である。金の飾り玉ひとつひとつの中に、小さな魔石が仕込まれているのだ。


「魔力をありったけ付与エンチャントしておいたからね」


 仕掛けを始動させる魔法をかけ終わったルシカが、掲げていた腕をおろし、仕上がりを確認して満足そうに微笑んだ。最近解読が済んだ古代文献に載っていた魔導技術の応用の産物である。


「効果は明日の夜明け前まで続くはずだから、暗くなったら今夜は恋人たちに楽しんでもらえるかしら」


「俺たちも、あとで王宮を抜け出してこよう」


 テロンがルシカの肩を抱き、ルシカはテロンの腕に手をかけ、伸び上がって彼の頬に軽く唇をふれた。


「うん、楽しみにしてるね」


 ルシカは微笑み、弾むような足取りで広場の他の場所を見にいった。


 広場の噴水の傍には、機械仕掛けの乗り物が幾つかあった。


「回転椅子でさあ。魔法は使ってねぇ、軸の周りを歯車と梃子てこの力で動かしているんです。軸の周りを、ああして上下に……」


 客から問われた街の発明家が嬉しそうに、楽しそうに説明しているのが聞こえた。その声に、乗り物に乗った子どもたちの笑い声や歓声がかぶさる。


「今回使う花火も、火薬に金属を混ぜて色をつけているのだとか。戦争じゃなく、楽しむためにそういう知識が応用されるのはいいことだよね」


 ルシカは微笑みながらその光景を眺め、ひとりごちた。魔法と科学、双方の技術がともに発展すればいろいろ便利なものが生み出されるのかなと、未来が楽しみでもある。


「はい、順番だよ。並んでね」


 聞き知った声が耳に届き、視線を向けると、列をなす子どもたちの傍に、宮廷魔導士の警護兵であるゴードンがいた。


「ゴードンさん」


「ルシカ様!」


「今日はお休みなのに参加してくれたそうで、どうもありがとう」


 にっこり微笑むルシカに、ゴードンは恐縮しながらも破顔した。その隣には、ルシカがはじめて会う女性が立っていた。


「もしかして――」


 言いかけるルシカに頷き、髭を生やした武人らしい無骨な顔が照れたように赤く染まった。ゴードンはその女性を紹介した。


「はい。お話していた相手で、ルーナといいます」


「来月に私たち、結婚するんです。テロン殿下とルシカ様の幸せにあやかって、同じ月に式を挙げようってことになって」


「じゃあ、もうすぐなのね!」


 ルシカは手を打ち合わせ、嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。


「おめでとう! じゃあ今一番忙しいときなのに、こうして来てくださって。本当にありがとう」


「子どもが好きなんです、ふたりとも」


 ふたりが恐縮しながら微笑んで応えたところに、テロンがルシカを呼びにきた。


「ルシカ。向こうに会わせたいひとがいるんだ。――驚くなよ?」


 テロンが珍しく、悪戯っぽい笑みを浮かべている。


 ふたりに挨拶をしたあと、手を引かれながらルシカが連れて行かれた場所には、なつかしいふたりがいた。薄青色の髪をしたエルフの青年は子どもたちに囲まれ、栗色の髪の少女は快活そうに子どもたちの世話を焼きながら立っている。


「もしかして――」


 ルシカの声に、少女が振り返った。


「もしかしなくても、わたしたちだよ! ルシカ、ひさしぶり!」


「リーファ!」


 ふたりの娘は互いの手のひらを合わせて指を絡め、キャアと嬉しそうに声をあげた。


 育ち盛りのリーファは一年で背が大きくなり、出るところは出てくびれるところはくびれていた。髪に薄青色の花を一輪飾っている。何より成長を感じるのは、その眼差しだった。出逢った頃とはまるで違う、優しげで華やかな表情をしている。


「いつ王都に?」


「今朝早くだよ。お祭りの話を聞いて、手伝いたくって。――でね、ティアヌの頭にリンゴを乗せて、ナイフ投げを披露したらどうかって提案したの。そしたらティアヌが『子どもたちが真似してしまいますから危ない』って言うんだもん」


「リーファの腕前なら大丈夫だろうけど、確かに『良い子は真似しちゃいけません』って感じね」


 ルシカは喉の奥で笑い、子どもたちに囲まれているティアヌに目を向けた。


「それでふたりで相談して、それより珍しいから子どもたちにどうかなって、ティアヌが『自然魔術』について話すことにしたの。精霊に語りかける方法なんかをね。――あぁ、はいはい、そこのボク、座って座って」


 リーファが子どもたちに気を配り、ティアヌは実際に『風の乙女シルフィ』を呼び出して語りかけながら、自然のなかのエネルギーがどのように世界を巡るのか等々、会話のやりとりで巧みに説明しているのだった。


 精霊と語り合うエルフの青年の話を、子どもたちは質問を挟みながら身を乗り出すようにして熱心に聞いていた。


「ありがとう、ふたりとも。祭りが終わったらぜひ王宮へ来てくれ。ゆっくり話したいこともたくさんあるし」


「ええ、もちろん行くわ!」


 テロンの言葉にリーファは頷き、ティアヌも話しながらこちらに片手をあげて応えた。


「ふふ。今夜は楽しくなりそうだね、テロン」


「そうだな」


 テロンとルシカは微笑みあい、それからゆっくりと広場を歩いて見回った。


 がくの才のあるおとなたちが、楽器を持ち寄って楽しげな曲をかなではじめると、おしゃまな女の子たちが習いたてのダンスを踊り、男の子たちは互いにおもちゃの剣を打ち鳴らした。


 王都の子どもたちだけではない。近隣の都市からここまで親たちと来た子どももたくさんいる。さらに言えば、人間族だけではなく、飛翔族や竜人族、エルフ族と種族もさまざまだ。互いに挨拶を交わし、楽しく語り合い、憩い、そこに種族間の差はない。


 無邪気に駆け回り、それぞれが自分たちの好きなように楽しみながら駆け回っている子どもたちを眺め、テロンが言った。


「平和な時代、豊かな国……未来を担う子どもたちが、将来に希望を持って大きくなっていける環境を、俺たちの世代が維持していかなきゃな」


「うん……そうだね」


 半世紀と少し前には、戦争をしていたとは思えない光景だ。それはふたりにとって祖父や親たちの時代であった。ここまで平和で豊かに暮らせるようになったのは、その世代の努力の成果なのだ。


 自分たちはその平和や豊かさを守り、発展させていく。


 表舞台でクルーガーが国を治めているが、それだけでは王国が日々抱える問題の全てに対処することはできない。


 隣国をはじめ大陸諸国との諍いの種が表面化する前に交渉に出掛け、様々な事件を解決するために動き、魔物たちを鎮めることを、テロンとルシカは自分たちの役目としている。


「昼からは、もっと人が増えそうね。テロ――」


 穏やかな目で子どもたちを眺めていたルシカの視線が、ハッと厳しいものになった。同時に、テロンの表情も引き締められる。


 ふたりは王宮のある方向を見た。


「テロン……。あれ!」


「――ああ。何かあったんだ!」


 ルシカはただならぬ魔導の気配を感じた。ざわざわと首筋を這い登るような、禍々しい感じだ。


「位置的に、ラートゥル大聖堂だ」


 テロンが言った。見つめる先には、うっすらと土煙があがっている。


「何か……妙な気配だ。――行こう!」


 ふたりが広場からメイン通りに向かって駆け出したとき、逆にその通りから広場へ走りこんできた人影があった。ふたりの見知った顔ではない。


 黒髪と真紅の瞳の少女だ。


「……あの子は、魔導士?」


 ルシカは思わず立ち止まった。その瞳には少女の体に流れる魔力マナが見えている。魔術師とは違う輝きだ。だが――胸に見える、光が反転したようなシルエットはなんだろう……?


 少女は広場の噴水まで走り、息をきらして心臓の辺りを押さえて喘ぎながら周囲を見回していた。人を探しているように思えるが……。


「ルシカ!」


 テロンはルシカに注意を促した。広場の入り口だ。もうひとり、広場に走りこんできた者がいた。


 人間の男にみえるが、まとった雰囲気が人間のそれとはまるで異なっている。全身から、異様なほどに濃い魔力マナが発せられていた。


「――テロン、あいつ普通じゃないわ」


 ルシカの魔導士としての感覚が警鐘を鳴らした。テロンもまた相手の異常なまでの殺気を感じていた。


 噴水の傍にいた少女が後続の男に気づき、男もまた同じタイミングで少女を見た。


 一瞬、止まる時間――。少女がぱっと駆け出した。男とは逆の方向に。


「追われているのか」


 テロンが口の中でつぶやき、少女の後を追って走り出した。広場にいた警備兵や、ティアヌとリーファたちも異常に気づき、向かっていこうとしている。


 ルシカは腕を振り上げ、男の足を魔法で地面に縫いつけた。『足止めストップフット』だ。


 だが男はすぐに魔法の影響を振りほどき、ルシカに向かって腕をのばした。ドン! と撃ち放たれる火炎の塊――!


「危ないッ!」


 『聖光気せいこうき』を身にまとったテロンが間に割って入り、自身の放った『衝撃波』で火球の威力を相殺した。


 だが、紅蓮の輝きが消失したあとに男の姿はない。少女を追ってすでに広場を走り出ていた。


「ルシカ、あの相手と広場で戦うのはまずい」


「――そうね、ごめんなさい」


 テロンとルシカは少女と男を追い、駆け出した。


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