歴史の宝珠 7-9 時のヴェールを越えて

 リューナは周囲を見回した。幸い、今は視界が晴れている。


 信じられない規模だが、眼下に見えるのはひとの造り出した都市だ――しかも、リューナが知る王都ミストーナが五つは余裕で入るほどの広さがある。


 円状に広がる大都市の外周を囲むように、白い塔が聳えている。どれも円筒という同じ外観、そして同じ高さだった。五百リールメートルほどはあるだろうか。


 まるで蜂の巣にみられるような模様が、輝く白い光の筋となって塔の表面に現れている。内部にはもうひとつ塔があるのか、柱のような影が透けて見えていた。


 リューナは背後に目をやった。直径三十リールメートルほどの幅がある円状の屋上には殺風景なほど何もなく、うっすらと大きな紋様が描かれているのに気づいた。


「魔法陣……なのか?」


 魔術学園の学園長の息子として、また魔導の力と係わる機会の多い身としても、ひととおりの知識はあるつもりだったが、何の魔法陣なのかさっぱりわからなかった。


「気になって、ます? これ……は、透視と空間、時間、察知、記憶……複数の魔法陣が、組み合わされて……ます、ね」


 背負われているトルテが、途切れ途切れに言った。そのあと、ぐったりとリューナの肩に重さがかかる。


「組み合わされた魔法陣?」


 リューナの言葉に、トルテは答えなかった。感じる重さからも、意識を失っているのか眠っているのか、答えられる状態にないことがわかる。


「くそっ」


 リューナは『歴史の宝珠』だった装置の場所まで戻った。だが、パネルを叩いてもレバーを握ってみても、何の反応もない。


 少し離れた場所に、中央に展開されている魔法陣に比べればずっと小規模な魔法陣があることに気づいた。こちらの描かれた意図は一目でわかる。『転移』のための魔法陣だ。


 見回した限り階段も扉も見当たらないことにも、これで納得がいく。移動手段は魔法陣に限られるのだろう。母方の祖父であるソバッカから、そういう仕掛けばかりの遺跡の話を聞いた記憶があった。


 選択肢はあまりない――。


 リューナは、迷うことが嫌いだ。いつもの長剣は背中にないが、ベルトには短剣が留められている。いざとなれば魔術も使えるのだ。直接的な攻撃に使うのは好きではないが、好みを言っている場合でなければいとわない覚悟だ。


 魔法陣に足を乗せる。転移の魔法特有の浮遊感があり、目の前の光景が変わった。先ほどと広さはあまり変わらないが、周囲には透明な壁が張り巡らされている。上には白く継ぎ目のない天井があった。


「塔の内部か……」


 リューナは口の中でつぶやいた。


「おや、侵入者ですか?」


 背後から掛けられた声に、リューナは心臓が跳ねるほどに驚いた。直前まで何の気配も感じなかったからだ。


 弾かれたように振り返ると、そこには銀髪の人物がひとり立っていた。背後には透明な壁、そしてその向こうに広がる都市とゾムターク山脈の連なり。外の明るさに比べて、フロアは暗かった。その人物は逆光になる位置に立っているので、細身で背が高いこと、銀に透ける髪が肩より少し長いことくらいしか判別がつかなかった。


「あなた――所属はどこです? 見た限り人間族のようですが、コードが見えませんね」


 声は、男のものだ。おっとりとして穏やかで、敵意は全く感じられない。その穏やかさが不気味なくらいだ――不敵な、とでもいえばいいのか。


「人間族であって、コード持ちでない……あなたたちの顔は記憶にありませんが……おや?」


 その人物は、真っ直ぐに逡巡することなく、すたすたと歩み寄ってきた。リューナは警戒して一歩片足をひき、右手はトルテを支えたまま、左手のほうをベルトの後ろに回した。


「警戒しなくても、危害は加えませんよ」


 くすりと微笑みながら数歩手前で立ち止まった相手に、リューナは歯噛みした。今のリューナの間合いにぎりぎり入ってこなかったのだ。


「あんた、只者じゃないな。雰囲気からして魔導士かと思ったんだが。何者だ?」


 リューナは挑むように相手を見据えて言った。魔導士は、大陸には数えるほどしかいないはずだ。もちろん、魔導の力を隠して生活している者はいるかもしれない。だがトルテの母であるルシカが、王都をはじめ各都市と国境に展開している魔法動向の監視体勢を整えてからは、国内に隠れ住んでいるというのは難しいだろうと思われた。


 目の前に立つ魔導士の存在そのものが驚くべきことだった。


 だが、うすうすと気づいている――ここは、自分たちの知る世界ではないと。自分の中にある思い込みに捕らわれるのは危険だ。


 目の前まで歩み寄ってきた相手の姿は、すでにはっきりと見えている。腰に剣はない。青年と呼べる外観をしているが、おそらくもっと年齢は上なのだろう。そのあたりは判断をつけにくい。


 何故かはわからないが、青年の面影には覚えがあるような……知らないはずの顔だが、なつかしさすら感じるのだ。


「私の顔を知らないとは。それが嘘なら間者かと疑うところですが」


 ふふ、と楽しそうに笑い、青年は名乗った。


「ハイラプラス・エイ・ドリアヌスシードといいます。しがない研究員ですよ。長い名前なのでハイラプラスでいいです」


 リューナの目が見開かれた。すぐに内心の驚きを押し隠して平静を装った。だが、相手はその一瞬の驚きを見逃さなかった。


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