破滅の剣 5-40 ルシカの選択
「……うっ……はぁ、はぁっ!」
ふらりとよろめき、ルシカは激しい呼吸を繰り返した。視界に入る光景が滲むように揺れて見えていたが、杖を床に突いて両瞳に力を篭め、何とか眩暈を
「壊れろおおおぉッ」
神像まで駆け走ったリーファが短剣を振りかぶり、神像の右手に
ビキッ! 凄まじい音ともに輝石を割り砕き、刃先は指輪の基部までをも破壊した。
だが、同時に強烈な衝撃が放たれ、リーファは悲鳴を発することも敵わず後方の床に叩きつけられた。勢いのまま転がったが、反動を利用して起き上がる。欠けてしまった短剣を握りなおし、再び眼前に構えた。
そのリーファ目掛けて、空間の歪みから稲妻が放たれた。
「あ……!」
咄嗟のことに無駄とは知りながらも、思わず腕をかざしたリーファの前に、誰かが立ちはだかった。クルーガーだ。
魔法剣の平らな面を自分の腕に当て、刀身で稲妻を受け止める。足を踏ん張るようにして稲妻の威力を耐え抜いた。魔法剣は折れることなく、クルーガーの手の中でギラリと光を放った。
彼は口の端を引き上げ、不敵な笑みを形作った。鋭い視線をハーデロスの像に向ける。
「お嬢さんたちが勇敢に戦っているのに、俺だけがのんびり寝ているワケにもいかないからな」
「相変わらずだな、兄貴は」
弾かれたように首を向けたルシカの目の前で、テロンが立ち上がっていた。左腕は力なく下がったままだが、無事なほうの右腕を構えて、全身を『聖光気』で包んでいる。堪らないほどの安堵を感じたルシカが瞳を潤ませる。
「兄貴!」
「テロン!」
双子の王子は互いに声を掛け合い、続けて同時に叫んだ。
「砕け散れッ!!」
裂帛の気合いとともに、クルーガーは剣を、テロンは拳を神像に向けて突き出した。
ゥゴオオオオオオ!!!! 剣からは解放された真空の刃が、拳からは不可視の衝撃のかたまりが放たれた。ふたつの攻撃が一体となり、空間の歪みを打ち砕き、神像と祭器に凄まじい勢いで衝突する。ハーデロスを
神像の背後にあったものは闇でなく、ましてや光でもなかった――純然たる『無』が現れたのである。
『破滅の剣』とふたつの石の『眼』は、『無』の手前の空間に引っかかるように
まるで心臓を握り潰されるかのごとく不穏な予感を感じ、ルシカは目をいっぱいに見開いたまま、いやいやをするように首を横に激しく振った。
「そんな……まさか、やめて……!」
「な、何だ……?」
ルシカの怯えを感じ、テロンは警戒した眼差しを周囲に走らせた。柱や壁が崩れ落ちている神殿の外、浮揚島全体が急速に薄闇から真の闇へと沈み込んでゆく……。
王都のあちこちから悲鳴があがっている。近隣の都市も同様の混乱の只中にあった。
ソサリア王国の現国王ファーダルスは、伝令を走らせ様々な指示を飛ばしながら、自らの足を使って王都を駆け巡っていた。冒険者であった頃の健脚に衰えはないが、それでも呼吸のほうは乱れかけている。
『浮揚島』が天空に現れてから、王都の郊外や近隣の町に伝令を出し、兵を派遣して王都をすっぽりと囲むように張られた『
長き平和の時代に慣れていた人々は、死と破滅そのものの影を
できる限り多くの民を、安全に避難させなくてはならない。恐怖のあまり暴動同然になりかけたところへ、王自らが駆けつけたのであった。民と同じく動揺する兵たちを一喝し、側近のルーファス、ソバッカとともに手分けをして、人々を励まし、臨機応変に避難経路を構築しながら王都を駆け回っているのだ。
『浮揚島』は、まず人間たちの拠点、大都市を攻撃してくるだろうと、王はヴァンドーナから聞いていた。ハーデロス降臨の引き金を引くエルフ族の男が、それを望んでいるからだという。
急がねばならない。
目の回るような忙しさのなかにあっても、脳裏から離れないのは、あの天空に浮いている島に向かった双子の息子たちと、友人の忘れ形見の少女、そして初対面の青年のことだ。
「無事なのだろうか……」
ファーダルスは『浮揚島』を見上げた。
うららかだった陽光は、すでに失われている。『浮揚島』の出現と同時に空の青さが抜けはじめ、今では異様に暗くなり、血のように赤黒い闇空に変わりつつあった。
そのとき、天空に浮かぶ島の周囲に、赤と黒の閃光が生じた。蛇か竜のようにのたうちまわる光は急速に数を増し、幾重にも束ねられた
空の異常に気づき、見上げた人々のなかから、悲鳴や驚きの叫び声があがる。
天空に展開されていたのは、魔法陣とは全く違う別次元の紋様だ。背筋を駆け抜けた恐ろしい予感に、ファーダルスは思わず生唾を呑んだ。
グオォォォォオオオオオッ……!
空と地表を震わせ、島が
『浮揚島』の周囲の赤い閃光と黒い閃光が、収束する。遠い王都までの距離では、見えるか見えないかぎりぎりの大きさに凝縮した光は、突然、一気に王都に向けて発射された!
「――なにッ!?」
「ひいぃぃぃッ」
「うわぁあああ!」
突然のことに、誰もが為すすべもなく悲鳴をあげた。頭を抱えて地面に伏せるのが精一杯だった。
王都は真っ黒な闇に呑まれ、次いで真っ赤な光に染めあげられた。
ドドドドドドオオオオオオン!! 大地が割れたのではと思われるほどの恐ろしい轟音とともに、大気にまでも激しい衝撃が駆け抜けていく。
それらが収まったとき、人々は目や耳を押さえながらも起きあがった。
――王都は、無事であった。空も周囲もおぞましい色に染め上げられていたが……。
さながら世界の終焉を告げる天変地異を目の当たりにしたかのようなショックを受け、震える瞳で人々は頭上を見上げた。王都を包み込む、半球状の膜のような障壁の表面を、いまだ消えぬ赤黒い稲妻のような禍々しいものが、閃光を発しながら蛇のように這いずり回っている。
「なんという……これでは『
王は、呆然とつぶやいた。
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