破滅の剣 5-39 浮揚島、復活
ヒュルルオオオォォォ……。
孤独と怨嗟の吐息にも似た音で、風が鳴っている。
年中晴れることのない瘴気のような濃い霧に閉ざされる岬の先に続く列島、その最奥の島の神殿で、これほどの風を感じることはありえないはずだった。
地鳴りのような轟音と破砕音、突き上げるような衝撃の連続に転がされ、或いはその直前の冥獣との戦いで倒れていた者たちの衣や髪を、吹き荒ぶ風が掻き乱してゆく。
「う……」
「何が……起こったんだ」
ゆっくりと目を開き、ルシカとリーファは顔を上げた。神殿の壁や柱の大部分が崩れ落ちている。その向こうには、荒涼とした草木一本生えることもない岩肌の露出した床と絶壁、そして暗い海が広がっているはずであった。
けれど壁の向こうには……何も無かった。青というよりは、色が抜け落ちたように透明な空が見える。海に囲まれていたはずの島の周囲を、かなりの速さで雲が流れている。その雲が途切れた箇所には、遥か遠く地表が見えていた。
まるで、途方もなく緻密に描かれた絵地図のように、海岸線や山脈の連なりが眼下にあった。人間の住む都市は、細かな砂粒が吹き集められたようにしか見えない。
「ここは空? 空を飛んでいるというのか?」
リーファが呆然とつぶやいた――自分たちの故郷から、なんと遠く隔たってしまったことか。激しい喪失感が彼女の胸を満たしていく。
ルシカは腕を支えにして上体を起こしながら、すっかり変わってしまった周囲の光景を見回した。
「テロン……、クルーガー、ティアヌ」
彼らの命が尽きていないのは判っていた。生命の根源でもある魔力が見えているからだ。先ほど激しい揺れのなかで遣った癒しの魔法が、仲間たちに届いたという実感もある。だが、意識が戻っていないところを見ると安心はできない。
周囲は異様に暗かった。まだ昼だというのに、島そのものが夕闇に包まれているかのようだ。目の前にある『無の女神』ハーデロスの像が原因であることは、力場を歪みを魔導の瞳で調べなくとも瞭然としていた。
「神界の存在が……別次元に降り立つとき、まず足場となる
リーファがルシカのつぶやきを聞き、絶望にも似た声を発した。
「まさかもう、ハーデロスがこの世界に来ているの?」
ルシカは厳しい表情のまま、首を横に振った。
「まだよ。けれど確実に……急速に近づいてくるのを感じる。力が、存在が、途方もなく大き過ぎて……あたしにも全体どころか一部すらはっきりと知覚することができない」
「そんな……どうすればいいんだ」
リーファは激しく動揺したが、ルシカの視線の先にあるものに気づいた。ハーデロスの像である。正確には、心臓の鼓動のように脈動する魔力を放つ四つの祭器――。
「もしかしたら、あれを壊せば……?」
リーファが、ルシカの顔を見た。問われたルシカは、静かな声で答えた。
「そうね。あれらを壊せば、この浮揚島を維持できなくなるはず。ハーデロスは、この現生界へ渡るための
リーファはきっぱりと頷いた。
「それでも!」
ルシカのオレンジ色の瞳とリーファの琥珀色の瞳が、刹那、見つめあった。ふたりの少女は同時に頷き、神像に嵌め込まれたまま光を放っている四つの祭器を見た。
リーファが、ルレファンの肉体が消えたあとに転がっていた自分の短剣を拾いあげ、眼前に構える。ルシカは、自分の魔導の力の
ふたりの決意に気づいて警戒したのか――祭器が一斉にバチバチと火花を散らしはじめる。
ヴンッ! 幾万もの羽虫が飛ぶような音を立て、祭器の放つ光が変化した。攻撃的な真紅の光が神像を一瞬で染め上げ、手前の空間が歪みはじめる。
「来るわ!」
叫ぶと同時に、ルシカが杖を持った手を横に
双方の力がぶつかり合い、石床を砕いて粉塵を空中に巻き上げた。渦巻く土煙の向こうから、ルシカの新たな魔法陣が輝く。
ルシカの渾身の魔力を乗せた『
ビシビシビシビシィッ。『破滅の剣』の刀身全体に細かな亀裂が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます