破滅の剣 5-25 ソサリアの千年王宮

「それにさ、あんたたちがハーデロスの降臨を阻止するつもりなら、またどこかで会えるかもね」


 彼女が何を考えていたのかは、クルーガーにはわからない。ただそのとき、彼はひとつの事実に気づいていた――自分がこの女性と別れたくないと感じていることを。いつもの彼ならば疑問にも思わなかっただろう。だが、そのとき感じた気持ちが何だったのかを見極める間もなく、彼女はクルーガーの前から去ってしまった……。


「ハーデロスを降臨させるいしずえとなる神殿ならば、おそらく北にある『無踏の岬』の先にある『はぐれ島』クリストアのことじゃろう」


 ヴァンドーナが告げ、確信に満ちた声で言葉を続ける。


「三日前、おそらくデイアロスが崩壊したときじゃ。赤い光が北へ向かって駆け抜けていきおった。間違いあるまい」


「……私たちも光を目撃しました。不吉なものを感じ、それで王都まで来てみたのです」


 シャールが胸に手を当てて言った。シャールとメルゾーンは、ここから南東にあるファンの町に住んでいるのだ。


「そう、そして俺たちも」


 廊下から扉越しに声が聞こえた。


 王宮に住まう者ではない声の主に、騎士隊長ルーファスが鋭く反応する。剣の柄に手をかける武人を、ルシカが慌てて制する。


「待って! この声はあのときの――」


「どうやら覚えていてくれたようだな。『万色』の力持つ魔導士の娘よ」


 扉が開いた。部屋に入ってきたのは、タナトゥスとその妹アレーズだ。


「久しぶり……本当に久しぶりだな」


 タナトゥスはルシカを見て、眩しそうに嬉しそうに、翠色の目を微笑ませた。


「感謝している。あなたがたには、本当に世話になった――」


「タナトゥス、アレーズさん。どうしてここに」


 ルシカがもっともな疑問を口にして、驚きに見開いていた目をしばたたく。クルーガーが、テロンとルシカの傍に歩み寄りながら割って入った。


「あのときの話は既に決着のついたことだ。今はハイベルア周辺の村の生活向上や開墾のために知識を活かし、尽力してくれていると聞いていたが」


 タナトゥスの隣に進み出たアレーズが、彼らに向けて深々と頭を下げる。


「ありがとうございました。今度は、わたくしたち兄妹がお役に立てないかと参じたのです」


 タナトゥスは改めて王子たちと宮廷魔導士の前で片膝を落とした。


「命を助けていただいた。恩も返さず、此度の危機を傍観できるはずがありません」


 そう語った彼の瞳は、覚悟を宿して大魔導士ヴァンドーナに向けられた。その視線につられるように、ルシカたちの視線もヴァンドーナに集まる。タナトゥスは言葉を続けた。


「噂には聞いております、『時空間』の大魔導士ヴァンドーナ殿。我々が来ることは『予知プレディクション』で知っておられたはず。我らは何をすればお役に立てるのですか?」


「うぉっほん」


 老魔導士は咳払いをひとつして、おもむろに顔を上げ……孫娘の急かすような視線に慌てて眼を逸らした。長く白い髭を手でしごきながら口を開く。


「まあ、そういうことじゃ。どうしても協力してもらわねばならぬ」


「おじいちゃん。いったい何をするの?」


「『障壁シールド』じゃ。王都の地下にある魔法陣を発動させる」


 落ち着いた声音で告げられた言葉を聞き、ルシカが目をまんまるに見開く。他の者は意味を理解できず、首をひねっている。


「どういうこと、おじいちゃん。ハーデロスが復活してしまうということなの? だって、おじいちゃんには見えているのでしょう……この国の未来が!」


 取り乱し気味に問い掛ける孫娘に、ヴァンドーナは目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。


「何が起こるというのですか」


 テロンとクルーガーの声が重なる。ヴァンドーナは『時空間』の魔導士として、類稀なる能力を有している。ある程度の限られた範囲ではあっても、未来を見通すことができる――これまでに何度かあった事実だ。


 だが、ヴァンドーナは目を伏せた。


「すまぬ、ルシカ。テロン、クルーガー、そして皆よ。今回はわしにも見えておらぬのじゃ。だからこそあらゆる事態を考え、準備をしておるだけじゃよ」


 ヴァンドーナは落ち着いた口調のまま答え、瞳を揺らして彼を見つめているルシカの肩をポン、ポンとなだめるように軽く叩いた。


「おじいちゃんにも見えない……。それで地下にある、あの魔法陣をつかおうと……? でも――」


 ルシカの視線を受け、タナトゥスは頷いた。


「確かに俺とアレーズは、命を救われるのと引き換えに魔導士として保有すべき量の魔力マナうつわを失った。しかし、『障壁シールド』の魔法陣を発動させるには、自身の魔導の力は必要ではないと記憶している。魔法陣そのものが強大な魔力をもつゆえに、魔力の流れを制御することのできる知識と経験があればよいのだと」


 兄の言葉を、妹のアレーズが継いだ。


「五つの頂点に座する術者たちが魔力の流れをまとめ、正確に操らなくてはなりません。私たちは魔導士として生きてきたので、流れの扱いには慣れておりますから」


「五人の術者って?」


 ルシカの疑問には、祖父ヴァンドーナが答えた。


「このわし、タナトゥスとアレーズ、そして今こちらに向かっておるはずのダルメス、そしてそこに居るメルゾーンじゃ」


 疑問に満ちた視線が一気に集中したので憮然としたメルゾーンだったが、すぐに立ち直って声を荒げる。


「な、何か文句があるのかっ?」


 ルシカは思わず口を開きかけたが、結局、ふーっと大きく息を吐き出した。ぐっと背筋を伸ばし、納得したように微笑んでみせる。


「その件に関しては、わかったわ。あたしたちがハーデロスを降臨なんかさせないもの。『障壁シールド』なんか発動させなくてすむように、ね」


「もちろん、降臨なんかさせないさ」


「ああ」


「もちろんです!」


 ルシカの言葉に、テロン、クルーガー、ティアヌの三人が力強く頷く。


 おそらく皆が皆、そんなつもりで言ったわけではなかったのだろうけれど、メルゾーンはずっしりと落ち込んだのであった。


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