破滅の剣 5-17 湖底都市デイアロス

「あなた、さっきあたしたちのことを『黒い奴らの仲間か』って訊いたよね。何か知っているの?」


 後方に立っていたルシカが進み出て、警戒心の欠片もない様子でシムリアに問い掛けた。浮かべている魔法の光も彼女の動きに付き従うように移動したので、光の届く範囲がわずかに変わる。


 ルシカの手に握られている杖は、高価そうな石をめ込んだ見事なものだ。古代魔法王国の五宝物のひとつであることまでは見抜かれなくとも、並大抵の魔法使いでは使いこなせぬ品であることくらいは理解できたであろう。


「ええ。さっき言ったわね」


 シムリアと名乗った女戦士は、案の定、ルシカに疑うような眼差しを向けている。まるで緊張感のないルシカの態度が、自信たっぷりの侮れない相手であると誤解させても無理のない状況ではあった。ルシカは単に、世間知らずなところが抜けていないだけなのだが。


 テロンはさりげなさを装いながら、何かあればルシカをかばうことのできるよう、目立たない位置に移動しておいた。


「あ~、それより、順序立てて話すほうが早いと思いますよぉ」


 張り詰めた雰囲気に、ティアヌがいつもの口調で割って入る。


 場違いなほどにのんびりした口調に加え、ひとかけらの害も無さそうな笑顔だ。先ほどまでのフォーラスとの遣り取りの緊張感は微塵も残っていない。仲間たちはもちろん、冒険者たちも脱力してしまった。


「僕はティアヌ。見ての通りエルフ族ですが、もちろん怪しい者ではありません」


「自分で言うのか」


 薄い胸を張るティアヌの横から呆れたような口調でクルーガーが突っ込むと、巨漢の男がいかつい肩をひょいと上げて、口の端をグッと引きあげた。どうやら、彼なりに笑ったらしい。


「おもしれぇ連中だねぇ」


 たのしそうな大男の隣で、赤毛の女戦士が深いため息をつく。気を取り直したシムリアは自分の仲間たちを手で示しながら、順に名を紹介した。


「こっちはザアド、さっきのはフォーラス。ふたりとも調子が良すぎて困りモノだけど、頼りになる冒険者仲間なんだよ」


「あ、冒険者なんだ……」


 シムリアの言葉に、ルシカが納得したようにつぶやく。


 冒険者――この大陸においては立派な職業のひとつである。魔獣退治から遺跡の宝探し、簡単な作業から厄介な仕事まで何でも引き受ける、自分の腕と技量、そして仕事の報酬のみを支えとして暮らす者たちの総称だ。


 このソサリア王国でも広く認知されており、陸路を使う商人たちにボディガードとして雇われることも多い。気の合う仲間たちと集い、一攫千金を狙って遺跡探索で宝物を狙うことも少なくない。


「で、この遺跡に何かお宝はないかってね、来てみたわけ」


 ニッと笑ってシムリアが締めくくる。


「だがよくこんな、今までろくにひとが入ったことのないような遺跡を選んだな。湖の底、現在も稼動しているかもしれぬ魔法の罠……どんな危険が待ち受けているかもわからないだろうに」


 呆れているというよりは、むしろ相手の身を案じて発したようなクルーガーの言葉と声音に、シムリアがふと顔を逸らす。その横でフォーラスが、人差し指を左右に振ってみせた。


「あんた、わかってねぇなぁ。人の手が入らず、荒らされていねぇからこそ、貴重な宝に出会える可能性は計り知れないんじゃねぇか」


「それは一理あるな。……けれどいったいどこから、この都市に入ってきたと?」


 それまで黙って聞いていたテロンだったが、興味を惹かれて口を開いた。ルシカがこのデイアロス遺跡への扉を開く前、すでに同じ経路で誰かが入り込んでいたとは思えなかったからだ。


 シムリアたちはそこではじめて、ルシカの斜め背後に立っていたテロンに視線を向けた。魔法の光球を手に浮かべたルシカの背後は闇に沈んでいたので、動き以外にたいして注意を払っていなかったらしい。


 話していた相手と瓜二つの顔に驚いたシムリアたちに、「双子なんだ」とクルーガーが簡単に説明する。


「ふぅん……仲の良い身内がいるってのは良いことね。まぁ、白状すると、ここまで来られたのは偶然だったといえるわね。この湖の周囲にいくつかある遺跡のひとつが、この遺跡の内部に通じてたのさ」


 シムリア、ザアド、フォーラスの三人は、以前からこのデイアロスを狙っていたのだという。けれど湖をぐるりと調べてもそれらしい入り口を発見できず、いかにも怪しそうな湖の島へは不可思議な水流に邪魔をされ、船で渡ることも敵わなかった。


「古代グローヴァー魔法王国が崩壊して、誰ひとりとしてまともに探索に成功していないと伝えられている巨大遺跡だぜぇ。ほとんど手付かずのままの状態で残っている魔法都市と聞いたら、血が騒ぐってもんだ」


 言葉を続けるシムリアの横でフォーラスが肩をすくめ、両腕を広げた。


「そりゃ無理もするだろ? 価値のあるお宝に当たれば、がっぽり稼ぐことができるんだからさ。それで一生安泰、駄目ならそれまでってのが、俺たちの生き方だ」


 だが、さすがに手ぶらで帰るわけにもいかず、シムリアたちは湖近辺の小さな遺跡に潜り込んだらしい。


 内部を探索している途中、棲みついていた野生の魔獣たちと戦闘になった。その影響で壁面の一部が崩れ、奥に隠されていた小部屋で、この遺跡に通じていた魔法陣を発見したのだという。


「きっとその魔法陣は、非常時に相互通路を開く移動手段なんだわ。何かあったときの緊急魔法『脱出エスケープ』みたいな……。ね、発動したときどんな色の魔法が展開されたの? 詳しい構造がわかれば特定できるんだけど」


 ルシカが身を乗り出すようにして、その魔法陣の様子を聞きたがった。


 瞳をキラキラと輝かせているルシカの表情を見たテロンは、刹那、温かい笑みを浮かべるところだった。彼女は本当に遺跡や謎、伝承の類に目がないのだ。


 単に話を聞きたがっているだけの無邪気なルシカの様子だったが、いまだ警戒心を捨て切れていないシムリアは口を閉ざした。


 沈黙を補うようにザアドが大きくため息をつくようにして言葉を続ける。


「まぁ、でもよ、なかなかお宝探しってわけにもいかなくてな。着いてからあちこち見て回ったんだが、守護生物ガーディアンは今も壊れずに動いているしよ。追いかけられたりして、散々な目に遭っちまった」


 大男がため息をつくと、巨大な空洞を吹き抜ける風のような音になる。ザアドは意味深な様子で声を低めた。


「それで……途中で見たんだ。探索していたときに」


「何を?」


「何をです?」


 好奇心の程度は同じくらいではないかと思えるふたり――クルーガーとティアヌの声が重なる。


「黒い服着たやつらが大勢、移動していくのを見たのさ。地下に潜っていくから気になって後をつけた。そうしたら、いかにも怪しそうな祭壇に群がって、何か儀式のようなものをはじめたんだ。あれはゾッとしたね」


 シムリアが嫌なものを見たといわんばかりに、眉を寄せた。物怖じしないルシカが気軽な様子で女戦士に問いかける。


「ねえ、シムリアさん。ひょっとして奴らって、こんな紋様をかたどった大きな聖印みたいなものを掲げていなかった?」


 ルシカは『万色の杖』を片腕に挟むようにして支えたあと、空いた左手の指で円を作り、それに右手の指を真っ直ぐに立てて左の指に重ねるようにして、ふたつの半円に区切ってみせた。


「おお、それだよそれ」


 ザアドがポンと厚い両手のひらを打ち合わせる。


「やつらが床に描いてたぜ。何かの血を使ったみてぇな赤黒い塗料で、円に真っ直ぐに禍々しい剣が突き刺さったような図柄だった――」


「待ちなよ!」


 鋭い声をあげ、シムリアがザアドを制した。警戒した眼で眼前の一行――ことにルシカを睨みつける。


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