破滅の剣 5-9 ふたりの王子

 確かによく似ている、とテロン自身も思っていた。


 どちらもクセのない真っ直ぐな金髪をしていて、空のように青い瞳、母譲りの端正な顔立ちは、ふたりを双子だと知らない者がそれぞれを別場所で見たら、同一人物だと思い込んでしまうほどによく似ている。


 けれど注意深く見れば、体格は全く異なっているのだった。どちらも人間族にしては長身であったが、テロンのほうが兄よりさらにこぶしひとつ分ほど高く、より筋肉の発達した体格をしている。クルーガーはどちらかといえばスラリとした印象だ。流れるようにすずやかな仕草も印象に一役買っているのであろう。


 そも、クルーガーはテロンのような胴着のみを着用することはなく、軽いものではあったが金属でできた鎧を装着し、腰には重厚な長剣を帯びている。昼間の普段着ならば、余程のことがない限り間違われることはなかった。


 また、ふたりは髪形も違っていた。クルーガーは普段真っ直ぐに伸ばした髪を背に流しているが、テロンは動きの邪魔にならない程度には短めに整えたほうが落ち着くのであった。


 考えてみれば物心ついた頃から、あえて自分の衣服の色や行動、得意分野などを相手とは違うものにしようと躍起になっていた憶えがある。それでも、ふとした行動や好みは重なることも多く、互いに苦い笑いを浮かべて目を見交わしてしまうこともしばしばなのだが……。


「なるほど、双子か」


 最初の驚きから立ち直ったあと、リーファは興味なさげにつぶやき、視線を逸らせた。そんなリーファに、クルーガーが快活そうな笑みを顔に浮かべ、陽気な調子で声を掛けた。


「さて、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」


「か……かか可愛い、おじょうさん……?」


 にこにこと破顔したまま視線を向けてくるクルーガーに、不意打ちを喰らったようにリーファが頬を引きつらせた。少女らしい戸惑いが、冷たく取り澄ましていた顔に浮かび、みるみる頬が赤く染まる。少女はなんとか平静を取り戻すと、押し殺した声で叫ぶように名乗った。


「お嬢さんなどではない。わ、わたしはリーファという名前だ」


「えぇっと、はいはい。失礼しますね。僕はティアヌといいます。『隠れ里』出身のエルフで、魔術師です」


 あくまでのんびりとした口調を崩さないまま、不自然なタイミングでティアヌが割って入る。クルーガーは、気さくな笑顔をして「そうか、よろしくな」と片手を挙げて快活に応えた。


「……本当に変わらないよな、兄貴は」


 テロンは目の前の遣り取りを見て、こめかみを指で揉みほぐしながら言った。その横ではルシカが、このふたりのり取りも変わらないみたい、といわんばかりの表情で、それらの光景を呆れ顔で眺めているのであった。


「それで、クルーガー。ここに居るのはおじいちゃんから何か言われたからだよね。だってあたしたち、この街に立ち寄るなんてひとことも王宮に知らせていなかったもの」


 騒ぎ疲れたのだろう、いつのまにか腕の中で眠っていたマウを別のソファーにそっと降ろしながら、ルシカが訊いた。体を起こし、細い腰に手を当てて首を傾げてみせる。


「そのとおりだ、さすがルシカ。祖父の動向には鋭い勘だ」


 クルーガーはこの上なくたのしそうに笑いながら、彼女に流すような目を向けた。ルシカがすべらかな頬を膨らませ、自分より背の高い相手を上目遣いで見上げる。


「最近、クルーガーってばおじいちゃんに似てきた気がする」


「それは光栄だ」


 ルシカの言葉に、クルーガーはニヤリと笑って言葉を返した。マウを降ろしたことで両手が自由になったルシカが彼に歩み寄り、横腹に向けて軽くこぶしを突き出すと、クルーガーが「イテ」と笑いながら応じる。


「おじいさんって、どなたです?」


 目の前で繰り広げられる騒ぎに目を丸くしていたティアヌがようやく立ち直り、彼らに向けて尋ねる。


 兄クルーガーとルシカの遣り取りを、いつものごとく呆れながら眺めていたテロンが、彼らに代わって説明をした。


「ルシカの祖父、『時空間』の大魔導士ヴァンドーナ・ガル・メローニ殿のことだよ。彼は未来を見通す魔導の力をもつといわれている。彼女は大魔導士の唯一の弟子でもある。ルシカ・テル・メローニ。このソサリア王国の宮廷魔導士なんだ」


「きゅうてい……宮廷魔導士ですか」


「そして俺の名はテロン・トル・ソサリア」


 今さらだなと頬を掻きつつ、背筋を伸ばしたテロンは改めてティアヌとリーファに向けて名乗った。そして、自分たち双子がソサリアの現国王ファーダルスの息子であることを明かした。


「何と……王子殿下でしたか」


 驚きのあまり、ティアヌの切れ長の目が丸くなった。背筋を伸ばし、表情を引きしめる。


「そのことはあまり気にしないでもらいたいんだが――」


 テロンが苦笑した。安全を考え、旅の途上で不必要に身分を明かすことはしないのが常だったので、困ってしまう。


「この者たちは信用できるから心配ない。それに、詳しく説明すると約束したんだ」


 テロンは兄に彼らのことを保証しておいて、ティアヌとリーファにこれまでのいきさつを話しはじめた。


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