破滅の剣 5-6 森の中の出会い
「ラシエト聖王国との騒動を引き起こした黒装束の集団、トット族の集落やこの子の故郷を襲った黒装束の男たち……もしかしたらこのふたつ、繋がっているのかもしれないわ」
「だとしたら……この騒動は、まだ終わっていないということだ」
「あのぉ、話が見えないんですけど。僕たちにも関係しそうなことでしたら、教えていただけませんか?」
置いていかれた子どものように頼りなげな声でティアヌが問うと、テロンとルシカが顔を戻した。ルシカが申し訳なさそうな表情で口を開く。
「――あぅ、そうでした。ごめんなさい。簡単に説明すると、闇の神々のひとつ『無の女神』に仕える闇の信者たちが、揃いの黒装束を着て、王国のあちこちで事件を起こして暴れまわっていたの。あたしとテロンは、そういった事件を解決するために行動しているのよ」
ティアヌは「なるほど、そうでしたか」と頷いたが、リーファはまだ問いたそうな表情で口もとを歪めている。
「それにしても、この村を襲った目的は何だったんだろう」
テロンが集落の惨状に目をやりながら低くつぶやく。その答えは足元から聞こえた。
「きょむの、ゆびわ」
ミルク色の小さな生き物――幼いトット族の子ども、マウだ。
「きょむの……『虚無の指輪』? この村にあったなんて知らなかった!」
ルシカが心底驚いたような声を発した。
「やはり、そうだったのか」
その品の名を聞いて、リーファは心底悔しそうに唇を噛んだ。琥珀色の目をぎゅっと閉じ、ゆっくりと開き、奇妙なほどに落ち着いた声音で言葉を続けた。
「わたしの村から奪われたのは、『赤眼の石』と『青眼の石』だ」
「それらは、ふたつが対になっている品よね。確か、フェルマの村に住むふたつの部族が代々護り続けている魔法の品である――と伝え聞いた記憶があるけど」
「そのとおりだ……村は皆殺しになった。容赦なく、戦えない者でも子どもであっても、村にいた者すべてを
リーファはうつむき、激しく肩と声を震わせた。その胸に渦巻く感情が悲しみなのか怒りなのか、彼女自身にも判別できていないだろう。ただ歯を食い縛り目を伏せたまま、胸を突きあげる己の感情に向き合い、必死に耐えているのだ。
ティアヌは何か気の利いた言葉を掛けたかった。少女の心痛を僅かでも分かち持ってやりたかった。だが何と言えばよいのかわからず、半端に伸ばした腕の行き場を見出せぬままに動きを止めた。
うつむいたままのリーファの頬に、やわらかい金の髪がふわりとかかる。ルシカがリーファに歩み寄り、静かに抱きしめたのだ。
「つらかったね……ひとりでここまで。でも話してくれたおかげで、やつらの次の目的がわかったわ」
少女の震えが止まった。弾かれたように顔を上げる。ゆっくりと身を起こした魔導士の娘のオレンジ色の瞳と、少女の琥珀色の瞳の視線が交わる。ルシカは言った。
「たぶん、次に狙われるのは『破滅の剣』だと思うの」
「それは、まさか古代五宝物の名ですか?」
首を傾げながらそう言ったのは、ティアヌだった。魔法王国の遺した五つの大いなる力をもつ遺産、『五宝物』。閉鎖された里であっても、口伝えの昔語りであっても、この現生界に育ったものならば知っているであろうほどに有名な伝説の宝物である。
それらはすなわち、『万色の杖』、『生命の魔晶石』、『破滅の剣』、『従僕の錫杖』、『歴史の宝珠』のことであった。
「いつだったか、分類作業のときに解読されたものを読んだ覚えがあるの。必要となる祭器を全て揃えることができれば、この世界を『無』に戻すことができる手段と力が手に入ると。単に力を欲するならば、別の宝物でも良さそうなものだけれど、犯人の狙いとして考えられるのは、最悪の可能性かもしれない」
「『無』って……世界創世の、神話のなかの話ですよね」
眉を寄せながら、ティアヌはつぶやいた。あまりにスケールの膨大な話の内容に、想像することすら容易ではない。
ルシカは言った。
「この世界に
「始原世界より以前の『無』の世界だなんて。それはいくら何でも――」
ルシカの説明を耳にしたリーファが、琥珀色の目を大きく見開いて呻くように言った。首を振り、言葉を続ける。
「だって、それを目的で動いているやつらだって消えちゃうんでしょ? 世界を『無』に戻そうだなんて……自分たちまで滅んでしまうようなことを願って、何の意味があると言うのよ?」
「そういう愚かな考えを持つ者は、世界に多く存在しているんだ。普通の感覚では理解できない……理解できないほうが望ましいと思うが」
テロンが静かな口調で告げる。青い瞳のなかには激しい炎が燃えているようであった。見掛けは穏やかで優しそうな青年だが、胸の奥には熱いものを秘めているのであろうこととティアヌは感じ取った。
青年の体格は、並ならぬ訓練で鍛え上げられたものだろう。武器を帯びていないようにみえても、ワーウルフを吹き飛ばすほどの攻撃力の持ち主なのだ。あれは魔導の技によるものではなかったはずである。
その眼差しも、様々な世界を見てきたのであろう、年齢にそぐわぬほどに磨きぬかれた強い光を宿している。その彼が言うのだから、そのように狂った考えの者たちも世の中には居るのだろう。だが、それを――。
「――それをエルフ族が実行しているんですよね。そんな
「そのとおりだ。止めなければならないな」
テロンがティアヌに向けて頷き、それからパートナーであるルシカに視線を移した。
「ルシカ」
ルシカもテロンの青い瞳から目を逸らさず、きっぱりと応える。
「あたしたちの今回の任務は、まだ終わっていない。覚悟はできているわ、テロン」
「……あなたがたは、いったい何者なんです?」
ティアヌの問いに、ルシカが
「あたしたちは、ソサリア王国の問題を解決して回る役割を担っているの。平和を乱すものを見過ごすわけにはいかないわ。そして、そのことで……できれば誰も巻き込みたくないと考えているの」
「あなたたちの任務に、僕も連れて行ってください! 巻き込むという問題ではありません。僕は……僕は、同族が悪事に加担しているのが許せないんです!」
ティアヌは真剣な口調でふたりに詰め寄り、言い張った。
ルシカとテロンが困りきったように互いの顔を見合わせる。しばらく見つめあったあとに頷き合い、ルシカのほうがゆっくりと口を開いた。
「これまでもそうだったけど、いつ命を落とすかわからないくらい危険な目に遭うと思うけれど」
「承知の上です」
「敵も相当に手強いと思うぞ」
「覚悟しています」
生まれ故郷である『隠れ里』のなかでも、ティアヌは一二を争うほどの頑固者であった。こうと決めたら、たとえ大地の精霊たちが束になろうとも自分の意志を動かせないと自負しているほどに。
「わたしも一緒に行かせてもらう」
リーファまでもがティアヌとともに言い張った。テロンとルシカがもう一度顔を見合わせ、深い溜息をついた。根負けしたようにテロンが自分の額に手を当てて息を吸い、それから微笑とともに頷いた。
「――いいだろう。君たちは信用できるようだし、断ってもついてくるならば、ともに行動したほうが良さそうだ」
「じゃあ、決まりね!」
ルシカが長杖を振り上げ、嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。やわらかそうな金の髪がふわりと踊る。決断をしたあとの気持ちの切り替えが早いのは、彼女の長所でもある。彼女は確信に満ちた様子ではきはきと言葉を続けた。
「街道を南に下れば、『大陸中央都市』ミディアルがある。そこまで行けばいろいろな手掛かりを集められるはずだから、さっそく向かいましょう!」
「手掛かり? どうやって、何を調べるんですか?」
ティアヌの疑問に、ルシカが片目をぱちんと閉じて応える。
「ミディアルにある図書館の資料庫、それに、王都への特別な通信手段。まずは敵の目的を正確に知らなければならないわ。『図書館棟』へ連絡を取ることができれば、もっと詳しい事がわかるはずよ」
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