万色の杖 1-9 戦闘
内部は広かった。テロンとクルーガーのふたりが、生まれ育った『千年王宮』の大広間を思い起したほどに。
ルシカは、書物で読んだことのある、グローヴァー古代魔法王国の王都のひとつメロニアの宮殿を思い出していた。高い天井までのびる柱の一本一本に、さまざまな種族の王や魔導士たちと思われる像が彫りつけてあった。剣を持つ兵士らしき像も多々ある。
「すごい……」
広い空間を迷路のように低く区切っている壁ひとつひとつには、見事な彫刻の絵物語が綴られていた。グローヴァー魔法王国期のものと思われる大都市の様子、天に届くほどに聳えていたという魔導の塔、ギザギザと駆け奔る稲光のようなもの、互いに支え合う少年と少女、ひび割れる大陸、浮き上がる大地――。
時間をかけてじっくりと眺めたかったが、確実に迫ってくる破壊音と轟く地鳴りが、ルシカたちの足を奥へ、奥へと急き立てる。
やがて、最奥にたどり着いた。柱と絵物語が
「これは……? 何かを展示しているのか。水晶でできた四角柱のようだが」
三段ほどの短い
壇の周囲にも、絵の彫られた壁があった。柱に近づいたとき、ルシカの視線はひとつの絵に吸い寄せられた。まだ少女と呼べる幼さの人間族らしき女性が、細長い杖のようなものを捧げ持っている。杖の先端には丸い石が
胸の奥を締め付けられるような、不思議な感慨を覚える絵から視線を引き剥がし、ルシカはゆっくりと透明な柱に近づいた。材質は
「中で、何か光を発しているみたい。細長い杖みたいなもの……。壁に描かれている絵と関係があるのかしら」
「ルシカが言っていたな。ここへ至る道の名前に、贈り物という意味があるのだと。天井にあった魔導の文字にも、預かり物を受けるに相応しければ、という記述があったんだろう?」
周囲を警戒しながらルシカの傍に付き添っていたテロンが、彼女に声を掛けた。
「この柱がそうなのではないか。この神殿内に、他にそれらしいものはなかった」
「神殿と名のつく遺跡だが、古代居魔法王国では何の神を祀っていたのだろうなァ……」
「古代魔法王国では、信仰という考えそのものが今と違っていたみたい。神界に存在する光の神々、闇の神々の力に頼ることがなかったから、司祭や神官はいなかった。神殿という名も、それらしい規模と雰囲気のある遺跡のことを現代のあたしたちが呼んでいるに過ぎないの」
現代では光の神々への信仰が発展している。『癒しの神』ファシエル、『戦の女神』ミネルヴァ、『導きの神』アルート、『幸運の神』リマッカ、そして主神である『法と正義』のラートゥル。ちなみに、相対する勢力は闇の神々。主神ダルフォース、『破壊の神』ゴムデルア、『混沌の神』ケイオス、『無の女神』ハーデロス、そして正体はおろか存在自体があまり知られていない『名無き神』だ。
クルーガーは、天井高く、薄闇に沈み込むように端までの見えない神殿内をぐるりと眺め渡し、ルシカに向けて言った。
「やはり、この柱が贈り物ということで間違いなさそうだ。ヒカリゴケのおかげで移動するには困らないほどの明るさはあるが、この透明な柱の中を調べるには足りないだろう」
「そうね、待って。魔法で明かりを灯すから」
魔法を行使しようとして立ち止まったルシカに、耳を澄ませるように動きを止めていたテロンが言った。
「光を作るならば、急いだほうがいい。ここへ入ったときの壁の向こうに、魔神が到達したようだ」
「わかったわ」
さっそく魔導の準備動作をはじめようとして片腕を振り上げたルシカは、ふらりとよろめいた。腕を伸ばしたテロンが支えるより早く、ルシカの手が柱に触れる。
バシュウウウンッ! 稲妻が空を割り裂くような音ともに、水晶柱そのものが膨大な光を放った。ルシカが悲鳴をあげてよろめく。
「大丈夫か、ルシカ」
「……あ、ありがとう。何ともないの。びっくりしただけ」
ルシカは顔の前に掲げていた腕を下げた。水晶の柱のなかに封じられたものに目を凝らす。幸い、最初の爆発的な光の放出は治まっている。今も強い光ではあるが、内部のものが判別できるくらいには抑えられていた。
それは、ひと振りの杖であった。
ワンドと呼ばれる短いものではない。スタッフに分類される、人の背丈ほど長さのあるものだ。
金属でもなく植物でもない、不思議な材質でできているようにルシカには思えた。上部の先端は、まるで
壁画に描かれている杖に似ているが、水晶柱のなかの杖には先端にあるはずの石が
「すごい……きれい」
ルシカは魅入られたように、水晶柱の中に封じ込められた杖を見つめた。
「ルシカ。もしこれが必要なものなら、どうやってこの柱から取り出すのだろう?」
「うーん……」
クルーガーの問いに、ルシカは腕を組んで考え込んだ。
「この水晶の柱には、物理的な衝撃を受けつけない強力な守護魔法がかけられているわ。封印を解除しようにも、あの魔術師が魔神を解放したときのように壊すという訳にはいかないみたい。それに、魔法的な保護だけでなく、素材自体の強度がすごそう……」
素材は透明な結晶のようだが、水晶ですらないのだろう。ルシカの知識のなかにも当てはまるものはなかった。
「ルシカ」
クルーガーは腰の後ろに手を回し、長剣とは別にベルトに留めてあった小さめの
「この柱を壊せば、中にある杖は手に入るんだろう? これにも付与魔法をかけてくれ。ヴァンドーナ殿の手紙にあった『必要になるもの』がこの杖だとしたら、なんとか取り出さないと」
「なるほど。わかったわ」
ルシカは精神を集中し、指先で印を切った。魔導特有の光が駆け奔り、動かした腕の周囲の空間に魔法陣が浮かび上がる。ショートソードに『
クルーガーはショートソードを水晶柱の表面に軽く当てた。澄んだ音が響く。罠はなさそうだ。剣を引き、次の瞬間、気合いとともに鋭い突きを繰り出す。
「……
腕のほうに痺れが走ったらしく、クルーガーは顔をしかめた。だが、水晶の柱の表面には傷すらついていない。ショートソードのほうが刃こぼれを起こしてしまった。
「これは無理だな」
欠けた刀身を見つめ、彼はばつが悪そうに苦笑した。
ズン! 床から響いてきた突き上げるような衝撃に、ルシカたちははっと緊張した。水晶柱から視線を引き剥がし、背後を振り返る。
テロンが緊迫した声をあげた。
「来るぞ!」
ガアァァンッ! 衝撃音が鼓膜を打つ。『
ルシカの鼓動が緊張のために落ち着かなくなり、呼吸も乱れてしまう。ガラガラと岩が崩れ落ちる音と同時に、叫び声や甲高い悲鳴も聞こえた。
「あいつらか。どうしてこの通路へ入り込んでいるんだ」
クルーガーが思わず顔をしかめる。
「魔神に喰われてしまうかもしれないのに、逃げなかったのね」
心を落ち着けようと冷静を装いながら、ルシカも手厳しく言った。
「ここで戦うしかないな」
テロンがこぶしを握り締める。
「あたしたち全員に防御の魔法と、長剣に『
言葉のあと、ルシカはすぐに魔導の技を行使した。テロンの武器はどうしよう――と視線をめぐらせたところで、突然、闇の向こうから巨大なかたまりが突っ込んできた!
「危ないッ!」
叫ぶと同時にテロンが衝撃波を放つ。投げ込まれたらしい柱が一本、粉々に砕け散った。だが、それで終わりではなかった。天井付近からへし折られた柱が、そう遠くない場所から積み重なるように次々と倒れてくる。
「ひぇぇぇっ、助けてくれぇ!」
メルゾーンの手下のひとりらしい人影が、倒れた柱の影から転がるように逃げてきた。続いて四人分の人影が、つんのめるような勢いで駆け走ってくる。
メルゾーンはルシカの姿を見ると、ひどく慌てた。衣の汚れをパンパンと叩き落として、ふんぞり返る。
「ふん! 貴様に負けたわけではないぞ。私は自分の魔法に敗れたのだ」
そのときメルゾーンの背後に、赤黒く燃える目がふたつ、闇に浮かんだ。見上げたルシカたちが息を呑む。
『闇の魔神』が立っていた。柱は倒され壁画も壊され、見通しが良くなったために、魔神がとうとうルシカたちを見つけたのだ!
ルシカ、テロン、クルーガーは身構えた。
手下たちは光を放つ水晶柱に驚きながらも、魔神を恐れて柱を回り込み、さらに奥へと逃げていった。メルゾーンは魔神の正面に突っ立ったままである。
「おまえら、まだ私に歯向かうか。……っておい、どこを見ている!」
身構えている三人の視線が、自分ではなく、もっと上、さらに後方に向いていることに気づき、ようやく背後を振り返った。
魔神がルシカたちに向かって踏み出す。自信過剰な魔術師は慌てて身を
だが、その足はメルゾーンのすぐ横の床を踏み砕いた。狙いが逸れたのではない。はじめから眼中になかったようだ。
グオオオォォォッ!!
魔導士の少女の姿を瞳に映した魔神が
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