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 いきなり辞令、引き継ぎは無用って……。

 半年、歯を食いしばって頑張ったけど、全然評価されなかったってことだ。


 次の異動先は、地の果てかもしれない。


「頑張れ……頑張れ……」


 自分で自分に気合いを入れる。


「負けるな……負けるな……。きっと上手くいくよ」


 唇をキュッと結び、私は屋上に向かった。


 エレベーターに乗ると、スーツ姿の男性社員や、お洒落な制服姿の女子社員が乗り込む。


 私はグレーの作業着だ。

 美を提供するbeautiful lineの社員とは思えないな。


 でも商品部の地下倉庫で働いている人がいるから、地方の店舗や都内の店舗に商品を届けることが出来る。


 地味な仕事だけど、縁の下の力持ち。

 人生に無駄なことなんてない。この半年で、私はさらに強くなれた気がする。


 屋上のドアを開けると清々しい風が吹き抜けた。目の前に青空が広がり、眩しくて目を細める。


「わずか半年で、よくもまあそこまで変貌するもんだ。まるで泥だらけの土竜もぐらだな」


「……ぇっ!?」


「相変わらず色気はゼロ、でもこれならbefore afterで使えそうだな」


 乱暴な口調。緩やかな天然のある髪の毛が、風に揺れている。


「……っ」


「今年は負けられないからね。僕も全力でアシストしますよ」


 女の子みたいに甘い声が、鼓膜を擽る。


「俺ももちろん協力しますよ」


 爽やかな笑顔から覗く白い歯が眩しく光る。


「戻って来いよ」


 愛嬌のあるフェイス、優しい眼差しが私を見つめている。


「……みんな」


「beautiful magicに新しくフェイシャルエステ部門を新設することになった。商品部錦織類、beautiful magicフェイシャルエステ部門に異動を命ずる」


 キリリとした鋭い眼差しが、私を捕らえた。


「鳴海店長……」


「ついでにbeautiful line主催のヘアメイク&ファッションショーのモデルもな。beautiful loungeからは波瑠が出場する。絶対に負けるわけにはいかない」


 香坂が私を見つめ、ニヤリと笑った。


「……波瑠さんが? えっ? えっ? ファッションショー!? む、む、無理です。ムリムリ。ここに来てストレスで激痩せして、バストのサイズも前より小さく……っ」


「貧乳か? それはわかりきっている。お前に拒否権はない」


「鳴海店長……!」


「黙って、僕達に任せていればいい」


「捺希さん……」


「いい感じに、ダサくなってるしな。遣り甲斐はある」


「蓮さん!」


 笑ってるみんな。


 狡いよ……。

 私だけ泣いてるなんて。


 私だって……

 笑いたいのに。

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