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 私は足を止め、リビングに戻る。


 泣いているゆきさんを宥めることもせず、香坂は見つめている。


 冷たい口調なのに、その目はとても哀しい色をしている。


「蓮さん、ちゃんと気持ち伝えないとわかんないよ。引き留めるなら今しかないんだよ」


「お前には関係ない。黙ってろ!」


「ゆきさんの気持ちをわかってるくせに!」


「お前に何がわかるんだよ! 俺はゆきに幸せになって欲しいと思っている。俺は兄貴とゆきの幸せを壊したんだ。今さら俺に何が出来るんだよ!」


「ゆきさんが好きなら……引き留めればいいじゃないですか」


 香坂は怒りにふるえながら、私を見つめた。


「俺が……好きなのは……」


「もうやめて!」


 ゆきさんが両手で耳を塞いで叫んだ。


「ゆき……」


「蓮さんの気持ちはわかってる。でも彼女は波瑠さんとキスをしていたのよ。……蓮さんまだわからないの? 彼女は波瑠さんと付き合っているのよ。蓮さんが想いを寄せても彼女には伝わらない」


「どうしてそれを知っているんだ」


「あの夜、お店から抜け出して蓮さんに逢いに行ったの。そこで見たのよ。beautiful magicの店内で抱き合っている二人を。蓮さんの彼女だと思っていたら、相手は波瑠さんだった……」


「公式サイトに書き込んだのは……ゆきなのか?」


「私は……ずっとあなたが……好きでした。だから……あなたの心が私から離れてしまうことが怖かった。蓮さんに目をさまして欲しかった……」


「ゆき、お前のしたことが、どれだけ会社に迷惑と損害を与えたかわかっているのか?」


「ごめんなさい……でも……そうするしかなかった」


「ゆき、マンションまで送るよ。話はそちらでしよう」


 香坂はゆきさんの肩を抱いた。


 私は目を見開き呆然と立ち竦む。サイトに誹謗中傷を書き込み、三上を転勤に追いやった人物が、北麹ではなくゆきさんだったなんて……。


 ――『あなたの心が……私から離れて行くことが怖かった……』


 ゆきさんの言葉が鼓膜に張り付き離れない。


 報われない愛に身を焦がし、秘めた情愛に救いを求めたゆきさん。


 バタンと音を立て玄関は閉まる。リビングのカーテンを開け二人の後ろ姿を見つめた。


『俺が……好きなのは……』


 私を見つめた香坂……。


 その眼差しが、心を捕らえて離れない。


 苦しくて……


 切なくて……


 なんでだろう。


 涙が溢れる……。


 脳裏に浮かんでは消える、香坂の眼差しと、三上の眼差しが、私の心を激しく揺さぶった。

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