164
私は足を止め、リビングに戻る。
泣いているゆきさんを宥めることもせず、香坂は見つめている。
冷たい口調なのに、その目はとても哀しい色をしている。
「蓮さん、ちゃんと気持ち伝えないとわかんないよ。引き留めるなら今しかないんだよ」
「お前には関係ない。黙ってろ!」
「ゆきさんの気持ちをわかってるくせに!」
「お前に何がわかるんだよ! 俺はゆきに幸せになって欲しいと思っている。俺は兄貴とゆきの幸せを壊したんだ。今さら俺に何が出来るんだよ!」
「ゆきさんが好きなら……引き留めればいいじゃないですか」
香坂は怒りにふるえながら、私を見つめた。
「俺が……好きなのは……」
「もうやめて!」
ゆきさんが両手で耳を塞いで叫んだ。
「ゆき……」
「蓮さんの気持ちはわかってる。でも彼女は波瑠さんとキスをしていたのよ。……蓮さんまだわからないの? 彼女は波瑠さんと付き合っているのよ。蓮さんが想いを寄せても彼女には伝わらない」
「どうしてそれを知っているんだ」
「あの夜、お店から抜け出して蓮さんに逢いに行ったの。そこで見たのよ。beautiful magicの店内で抱き合っている二人を。蓮さんの彼女だと思っていたら、相手は波瑠さんだった……」
「公式サイトに書き込んだのは……ゆきなのか?」
「私は……ずっとあなたが……好きでした。だから……あなたの心が私から離れてしまうことが怖かった。蓮さんに目をさまして欲しかった……」
「ゆき、お前のしたことが、どれだけ会社に迷惑と損害を与えたかわかっているのか?」
「ごめんなさい……でも……そうするしかなかった」
「ゆき、マンションまで送るよ。話はそちらでしよう」
香坂はゆきさんの肩を抱いた。
私は目を見開き呆然と立ち竦む。サイトに誹謗中傷を書き込み、三上を転勤に追いやった人物が、北麹ではなくゆきさんだったなんて……。
――『あなたの心が……私から離れて行くことが怖かった……』
ゆきさんの言葉が鼓膜に張り付き離れない。
報われない愛に身を焦がし、秘めた情愛に救いを求めたゆきさん。
バタンと音を立て玄関は閉まる。リビングのカーテンを開け二人の後ろ姿を見つめた。
『俺が……好きなのは……』
私を見つめた香坂……。
その眼差しが、心を捕らえて離れない。
苦しくて……
切なくて……
なんでだろう。
涙が溢れる……。
脳裏に浮かんでは消える、香坂の眼差しと、三上の眼差しが、私の心を激しく揺さぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます