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「もちろん断ったよ。僕は北麹に興味はないからね」


 缶ビールの栓を開け、グイッと飲み干す。白い喉がトクトクと音を鳴らした。


 確かに……。

 男なのに色っぽい。


 喉仏だって目立たないし、体も華奢だ。


 玄関のチャイムが鳴り、私達の視線が同時に向く。


「誰だろう? こんな時間に……」


 玄関を開けると、そこに立っていたのは……。


「ゆきさん……」


 恋唄の店主。


 香坂の義姉だった人……。


 黒い着物に赤い蝶。帯も赤だ。お店はどうしたのかな? 今日は店休日なのかな?


「夜分に申し訳ありません。蓮さんはご在宅ですか?」


「いえ、蓮さんは鳴海店長と……」


「まだ帰宅されていないの? ……そうですか。蓮さんに相談があって伺ったのに……」


 ゆきさんの真剣な表情に、私と諸星は顔を見合せた。


「待たせていただいても宜しいでしょうか?」


「あの二人のことだから、何時に帰宅するかわかりませんよ。それに今日は色々あって……」


「ご迷惑なことはわかっています。でも……お願いします」


「ゆきさん……どうぞ上がって下さい」


「類、勝手なことをして蓮さんに叱られても知らないよ」


「蓮さんに叱られるのは、日常茶飯事。もう慣れました。ゆきさんリビングでよければ、お待ち下さい」


「……ありがとうございます」


 ゆきさんは赤い鼻緒の草履を脱ぎ室内に上がった。


「どうぞこちらにお座り下さい。テレビでも観て待っていて下さい」


「今からお食事ですか? 美容室もお忙しいのですね」


「一人転勤したので……」


「波瑠さん? ですよね」


「よくご存知ですね」


「beautiful magicで何度かお見掛けしましたから」


「ゆきさんは来店されたことがあるんですか?」


「以前に……何度か」


 ゆきさんは帯揚げを指で直しながら微笑んだ。

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