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 鳴海店長はグラスに氷を入れ、烏龍茶を注ぎ私に差し出した。


「……ありがとうございます」


「なぁ、類。自分から別れたいと言ったくせに、女ってどうして自分勝手で気まぐれなんだろうな」


「鳴海店長……」


 鳴海店長はウィスキーを口に含む。


「やっと……忘れられると思ったのに。心を掻き乱される」


「失ってわかることもあります。夢を追い続けるあまり、見えなくなっていたんだと思います。本当に大切なのは何なのか、やっと気付いたのではないですか?」


「失ってわかるもの……か」


 私は烏龍茶をグイッと飲み干す。


「男って……失ったものの大切さがわかっているくせに……手放すんですね」


「何のことだ」


「鳴海店長、吉沢カンナさんのことを想って、わざと冷たく突き放したんでしょう」


「わかったようなことを言うな」


「だって吉沢カンナさんが掲載された雑誌を、捨てられないくらい好きなんですよね」


「類、言葉を慎め」


「だって……今日だって……」


「黙れと言ってるんだ」


 鳴海店長が手首を掴んだ。


 持っていたグラスが床に落ちる。ガチャンと音がしグラスが割れ、烏龍茶が床に流れた。


 鳴海店長は私の手首を掴んだまま、ソファーに押し倒した。


「お前に……何がわかる」


 鳴海店長のくぐもった声……

 その瞳は潤んでいる。


「鳴海……店長」


 そのまま……

 鳴海店長の唇が首筋に落ちてきた。


 「きゃあああ……。な、な、鳴海店長!?」


 最悪だ……。


 ひっくり返ったまま起き上がれないダンゴムシみたいに、私はバタバタと手足を動かす。

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