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 高級感溢れる店内。

 掃除機をかけ、モップで床を拭き、棚も丁寧に拭いた。


 ブティックからは美容室の様子もガラス越しに見える。諸星は手際よく掃除をし、植物の花がらを摘んだり、細かいところにも気を配っている。


「類、掃除終わった?」


「はい」


「ちょっとこっちに来て」


「はい」


 掃除機を片付け、急いで諸星の元に行く。そこにはミニキッチンと小型の冷蔵庫が設置されていた。


 小さなカウンターと椅子、そしてここにもパソコンがある。


「ここでお客様にドリンクを作るんだよ。紅茶はアップルティーやオレンジティーもあるよ。常連のお客様は同じ物を召し上がる方も多い。『いつもの』と言われたら然り気無くパソコンで個人情報をチェックし用意して」


「はい」


「個人情報には珈琲のミルクなしとか、紅茶はレモンティーか、ミルクティーか、詳しく好みを記載してあるから。お客様の職業や趣味。性格まで記入してあるからね。会話に役立てて」


「はい」


 凄いな。


 ドリンクひとつでも、サービスの域を超えてる感じがする。


「類は美容師の資格はないし。エステシャン以外に何か出来ることある?」


「ネイルなら少し」


「ネイリストの資格あるの?」


「あまりセンスはよくないけど」


「趣味程度なら必要ない。ここにいるスタッフは全員ヘアメイクとネイリストの資格があるから」


「すみません。趣味程度です」


 この店では正直に自己申告した方がよさそうだ。


 その後、パソコンの使い方とレジの操作を教わる。接客マナーやレジの操作は、エステサロンで経験しているので、なんとかなりそうだ。


「まずは常連のお客様の顔と名前を覚えること」


「はい」


「気難しいお客様や大企業の社長さんも大勢来店されるから、失礼のないように気をつけて」


「はい」


 ここはシェアハウス以上に緊張する場所みたい。


「それと、スタッフ目当てのお客様もいるから。僕達はお客様に美を提供し、気持ちよく送り出すことが仕事だから」


 諸星は私の短い髪を右手の人差し指でくるくると触る。カウンターの椅子につまづき思わず体がぐらついた。


「わ、わかりました。キモチよくですね」


 いや、そうじゃない。

 美を提供だ。


 諸星はクスリと笑うと私からスッと離れ、店内へと戻る。


 ドアが開き鳴海店長と香坂、三上が出勤してきた。


 颯爽とした姿は、シェアハウスのだらしない姿とは異なる。そこには妖艶なまでに美しい男達が立っていた。

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